なるほど。
記憶が確かなら、4万セリンで材料と経費だったはず。
彼女の目的は不明だが船を進んで作っているのだから、材料費さえ出してくれるなら、製造スキル持ちとしては願ったり叶ったりと考えられる。
具体的な材料数は船の大きさによる。希望は?
三人の人間が自由に動いて戦える位の大きさなのですが可能でしょうか?
待って、計算してみる
地味に無理な相談しているよな。
しかし船の材料か。
仮に今所持している船が3万5000セリン位で作られていたとして、この3倍いや、4倍から5倍の大きさだったとすると17万程になる計算だ。
正直、そこまで来ると高過ぎる。所持金も相当オーバーしてしまう。
こっち来れる?
はい?
あなた、こっち来れる?
こっちとは第一ですか?
そう
行こうと思えば可能ですが、今は第二にいるので少し掛かるかと
一度実際に会おうという事ですか?
そう。できれば、三人と言ったもう二人も連れてきてほしい
一度硝子と闇影に視線を向けた後、少し考え。
仲間内で相談した後で良いですか?
ええ
それなら、何時頃に行けば良いでしょうか
いつでも構わない。あの時と同じ場所で店を出してるから
しぇりるさんがチャットから離脱しました。
まだ分からないが少しは前進したのかもしれない。
それにしても主語が無い子だったな。少し話していて大変だった。
どうでした?
二人が訊ねてくる。
当初より話の内容が変わっている。説明する必要があるな。
一応連絡は取れた。唯、もしかしたら製作から手伝う事になるかもしれない
どういう事でござる?
まあそこ等辺の出費は俺が出すから安心してくれ、重要なのはそっちじゃない
と、言いますと?
製作者に直接会う事になった。本人曰く俺以外にも硝子や闇影に会いたいらしい。一応会うかどうかは本人しだいって事にしたけどな
彼女もできれば』と口にしたので、可能なメンバーだけで行くのが無難だろう。何より彼女にそんな強制力はない。まあ俺個人としては全員で行きたいが。
それでは全員で参りましょうか
了解でござる
いいのか? 事後承諾みたいな感じになったけど
はい。行き詰っていた状況ですし、絆さんだけに苦労を強いる訳には参りません
自分は絆殿と函庭殿の影でござる。影は常に後ろに居る物でござる
喜べば良いんだろうが、最後のストーカー宣言についてはごめん被る。
ともかく俺達は徒歩で第一都市に向かう事にした。
仮に話が流れたとしても今日の所は多少効率が悪くても夜に常闇ノ森で狩る事になった。ケースバイケース、といった感じの流れだ。
マリンブルー
いた。あれだ
俺達三人は第一都市にある、一週間前俺が船を買った広場に来ていた。
露店には俺が購入した船と同じ物が並んでいる。
くすんだブルーグレーの髪にマリンブルーの宝石が胸に付いた晶人の無表情な少女。
オーバーオールを着ているしぇりるは一週間前と同じく暇そうに空を眺めていた。
あの方ですか? 女性の方だったんですね
絆殿は婦女子ばかりに目が行くのでござるな
なんか俺、責められてないか?
謎の追求を無難に避けつつ、露店の前に立つ。
するとしぇりるの視線が下がって俺を見詰めた。
何だ、そのセリフは。
挨拶か何かなのかもしれないが、どうも掴み所がない。
さっき連絡した絆だ。言われた通り仲間を連れてきた
初めまして、函庭硝子です
自分は闇影でござる。何ならダークシャドウでも良いでござるよ
二人としぇりるは各々に自己紹介を始めた。
しかし闇影さん。あんた、まだそのネタ使うのか。
わかった。闇子って呼ぶ
咄嗟に口元を押さえる。
な、何故その名称を知っているでござるか!?
別に?
このネタに持っていく発想は俺だけじゃなかった。
どうでもいいが、少ししぇりるに共感を抱いてしまった。
ともあれ商談だ。
あまりにも突飛な値段を請求されれば船所じゃないからな。
それで、船作りの商談にどうして二人が必要だったんだ?
どうして船が必要なのか、知りたかったから
? 船の必要性と人数は関係ないのではないですか?
そうでもない。一人で船は動かせないから
確かに小船程度ならどうにか戦えるが、大きな船となるとそれも難しそうだ。
聞きたい。どうして大きな船が必要なの?
嘘を吐く理由がないな。単純に経験値がおいしそうだと思ったからだ
しぇりるの無表情の中に若干気を落とした様な雰囲気を感じた。
パーティーとしての本音はここまでだが、俺個人としてはまだある。
後、俺は船を使って海に行った事があるんだが、気になったというのも強い
気になる?
ああ。船を作れるなら一度は海に出た事があるだろう?
妄想と言われればソレまでだけど、俺はあの水平線の先に何かあると考えている。なんというのか、風が呼んでいる様な、そんな気がするんだ
そう。わたしと同じ。あなたなら話しても、いい
どういう事だ? と顔で訴える。
置いていかれている二人も似た様な表情だ。
しかし我関せずといった態度でしぇりるは口を開く。
若干だが無表情の中に決意の様なモノが見える気がするのは気のせいだろうか。
自己調査になるけど、今海に注意を向けている人は少ない。皆、第二第三が目的で、無視されてる
そうなのでござるか?
言われてみれば、一週間位海にいたけど俺以外が船を使ってる所を見た事が無いな
その影響もあってタイやマグロは高く売れた。
仮にしぇりるの話が事実なら沖の魚が高く売れたのにも納得が行く。
何よりも俺は空き缶商法で金があったが4万セリンといえば結構な額だ。解体スキルを持っていない釣りスキル持ちが稼ぐには少々酷だろう。
そして金を持っているであろう前線組は今、第三都市発見に尽力している。
自然と第一にある海なんて無視されていく、という事か。
そもそもこのゲームは一人でできる限界がある。最初は泳いで沖にいったけど、途中から進めなくなってる。多分、個人の限界がある
まあ、MMOだしな
なんでも一人でできるなら他人が必要ないコンシューマーで十分だろう。
何よりも普通のネットゲームと違って、セカンドライフを謳っているこのゲームは一人で行動するのもありだとは思うが、やはり他人との交流にも重要な要素を割かれていると考えて何等不思議はない。それに攻略掲示板がないので、自分達で行動を起こさないと始まらない、というのもある。
だから海へ行こうと考える、強くてお金のある人、探してた
残念ながら、俺はそんなに強くない
だが、硝子は元前線組だ。プレイヤースキルは相当だぞ
私、ですか?
おう、間違いなくこの中じゃ一番強い
そ、そうでもありませんよ。上には上がいます
ほんのりと頬を染めて照れた表情を浮かべる硝子。下手に自分は強いという奴よりは何倍も強い。少なくとも俺はそう思っている。
ゲームでは昔から自称普通程信頼できない奴はいない。
良い意味でも、悪い意味でもな。
対戦ゲームで痛い程経験している。
わたしは海の向こうに行って見たい。皆気付いてないけど、何かある、はず
しぇりるは俺と同じ考えの奴だったのか。
いや、誰だってあの大海原を一度でも経験していれば、そう思うはずだ。
この先に何かあるって。
小船だと途中で海流が強くなって進めない。材料さえあれば船は作れるけど、モンスターも多いし強いから死んじゃう。ソロだと限界。力を貸して欲しい
個人的には協力したい。いや、協力する。
例え二人が反対しても協力しよう。
10万セリンは持っているので船を作成する分の足しにはなるだろう。
問題はあのモンスターを倒せる戦力だが、俺は半生産職なので難しい。そうなると最初に戻って二人の協力が必要になる。
嫌なスパイラルだ。いわゆる負の連鎖って奴だろう。
絆さん!
な、なんだ?
硝子がぐいっと俺の両手を掴んで見詰めてきた。
これはどういう意味でしょうかね。
協力しましょう!
何を言うんですか。人様の役に立つとても素晴らしい事です
函庭硝子。人情に厚い女である。
まあ半分冗談にしても硝子が協力的で良かった。
闇子さん、もちろん協力しますよね?
然様でござる
しかし、こいつ等妙に融通が利くよな。
硝子に至っては元前線組なのだから、もう少し効率に走ると思っていた。
まあそういう感じだからさ。俺達はどうすれば良い?
しぇりるに向き直り、意見を問う。
正直、船を作れるのはしぇりるしかいないのだから、しぇりるに聞かなきゃ始まらない。
いいの?
ああ、見ての通り三人ともスピリットだからな。はぐれ者が多いんだ
わかった。必要なのは
俺達三人に加えしぇりるも含めると最低四人が乗れる船が必要だ。
海流を越えるとなると当然大きな船は必須だろう。
必要な材料は。
トレントの木、500個。
丈夫な布、200個。
鉄、20個。
風斬石10個。
結構必要だな。
俺の全財産を出費しても足りるかどうか。
しぇりるは何個か持っているのか?
その内風斬石10個、布100個、木200個は持ってる
半分位か相場しだいでは揃えられるかもな
本当にお金持ち
空き缶商法とマグロ商法によるあぶく銭だがな。
ともあれ相場を聞くのに最も適した人物が一人いる。
待っていろ。少し顔が広い奴がいるから、そいつに安く仕入れられないか聞いてみる
アルトなら空き缶商法の件もあるし、少し位融通してくれるだろう。
何より、あいつは自分が得になる事は頷く。こんな絶好の金稼ぎ、滅多にない。
では、私と闇影さんは比較的に入手が簡単なトレントを倒して来ます
承知でござる
トレントがどの程度のモンスターかは知らないが、二人の反応からそこまで強くないのだろう。集めてくれるのは助かる。
わたしも手伝う
それじゃあ、パーティー入っとくか。そっちの方が便利だろう?
いいの? わたし、レベル6
レベルと言われても良くわからない。
それにネットゲームはレベルとか関係なく好きな奴と一緒に組むもんだ。
少なくとも俺は効率より、そっちの方が楽しいと思う。
レベルとか関係ないだろう。協力した方が何倍も早い。だよな?
もちろんです!
自分はドレインができるのなら、何等意見はござらぬ
ありがと
しぇりるさんをパーティーに招待しました。
フルハープン
銛の攻撃スキルがトレントに命中し、禍々しい顔を浮かべたままトレントは倒れた。
しぇりるの武器は銛。
いわゆる海でスピアフィッシング的な戦闘に適した武器だ。一応槍に分類される武器らしいが、銛の様な形状の武器を使っていたら派生したらしい。
そしてしぇりるのレベルは俺達とパーティーを組んでから4上がり、10になっていた。
トレントの木は一応500個そろったか
粗悪品を含めていますから、もう少し必要ですけどね
俺やしぇりるを始めパーティー全員の考えが一致して、船に使う材料は可能な限り良い物にしようという事になった。なので俺達は材料が少々高額になっても高品質の品を選んでいる。
一応布の方はアルト知り合いに頼んでおいたけど、数が数だからな
丈夫な布は裁縫スキルのアイテムだ。だから100個となると手間も費用も嵩む。
それを100個売ってくれというと時間をくれるかな、と言われた。
断らないのが商人たるアルトの凄い所か。
鉄の方は気を付けて選ばないとな。現状、粗悪品の方が圧倒的に多い
何か知っているのでござるか?
空き缶が原材料だからな。
あんなの序盤だけで鉄鉱石が見付かったらゴミ以外の何物でもない。
べ、別に。ともかく俺達で集められる材料は大体揃ったか?
しぇりるが頷く。
あれから丸々一日が経過している。
トレントの方は硝子を始め、俺ですら余裕に倒せた。お世辞にもあまりランクの高いモンスターとは言えない。ともあれ合計500個ともなると戦闘数は多くなる。
何よりも現状、トレントの木を素材に使う製造スキルは少ないので、露店でもあまり並んでいない。これはアルトからの情報だ。
尚、しぇりるは今までの二週間、時間に余裕を見つければコツコツとトレント狩りをしていたらしい。相性の良い武器でもなければ、レベルも足りていないので一匹倒すのも時間が掛かっていたそうだが。
ともかく後何個か木を手に入れたら一度第一に帰ろうぜ
思ってたんだが、そのそう』っていうのは口癖か?
わざとか?
別に
いいけどさ
こんな感じだ。言葉足らずというか、話ベタというか、闇影とは別の意味でコミュニケーション障害の気質がある。
一応話してみれば普通というか、趣旨は理解できるけど、その努力が必要というか。
まあプレイヤーのほとんどが第三都市を見つけようと躍起になっている時に海を目指そうなんて、考えている奴等だから少し他より変なのはしょうがないか。
いや俺も類友だが。
おっと、しぇりるを眺めていたのがバレた。
俺は誤魔化す様に言い訳を口にする。
なんでもない
ともかく、後少しだな
うん。絆、ありがと
俺だけの協力じゃないだろう? 皆のおかげだ。もちろんしぇりるもな
なんだ? そのしらけた、みたいなそう』は。
なんだかんだで、ああいうセリフは結構恥ずかしいんだぞ。
硝子と闇影は何か春の陽光の如くニコニコこっちを見ているし、確実に俺をからかう環境が生まれつつある。そこだけは早急に改善したい。
ともかく、それからアイテムが全て揃ったのは二日後の事だった。
鉄は態々ロミナから程度の良い物を購入し、丈夫な布はアルト以外からも第一第二を駆け回って高品質の奴を捜し歩いた。
そうした甲斐もあって全部の材料が揃った訳だが、俺の貯金はほとんどなくなっていた。
エネルギー/26430。
マナ/4300。
セリン/16040。
未取得スキル/エネルギー生産力Ⅸ、マナ生産力Ⅵ、フィッシングマスタリーⅤ、クレーバーⅡ、舵マスタリーⅠ、船上戦闘Ⅰ、都市歩行術Ⅰ。
若干未取得スキルが増えている気もするが、日々行動の賜物だろう。
現状取得する気はないけどな。
ともかく、俺が第一と第二を走っていた間、三人には狩りをしていてもらった。
しぇりるのレベル上げもそうだが、海のモンスターは結構強い。
硝子や闇影の様な戦闘スキル型と製造スキル型とはいえ海のモンスターに相性が良いしぇりるのレベルが上がるのは後々の事を考えても必須と言えたからだ。
それに解体武器の俺がいなければ、例のアレの条件が無くなる。
三人は珍しい構成の珍パーティーって風にしか見えない。
絆。それから皆も、これにサインして
スキル構成に想いを馳せているとしぇりるが集まった材料を前に一枚の紙切れアイテムを俺達三人に向けてきた。
なんとなく詐欺の匂いを感じなくも無いが、現実とは違う。
なんだ、これ?
複数所有権ですね
なんでござるか? それは
さすがは元前線組と言った所か、硝子は詳しく知っていた。
複数所有権。
所謂高価な一つの道具に設定できる権利書の事、らしい。
これに記入されているメンバーは均等に特定のアイテム、今回の場合船』の所有権を得る事ができる。
所有者以外がアイテム欄に収納できなくなるという便利システムといった所だ。
そして、この効果は船を何らかの理由で売却する場合、記入者全員の許可が必要となり、獲得した金銭も四人で均等にシステムが分配する、現実の権利書みたいな物だ。
へぇ~、こんなのもあるんだな
まあ確かに高い金出し合って購入した品を持ち逃げされるのは不注意だとは思うが、むかつくからな。
そこ等辺製作会社も解っているみたいだ。
もしかしたら似た様な問題があったのかもしれないな。
それは置いておくとして、無知そうな俺達三人に自分から言うって事はしぇりるの海への気持ちは本当なのだと思う。
なんて言うか、胸が高鳴るな。
これからどうなるかなんて解らないけど、この四人なら大海原でもやっていける気がしてきた。
とりあえず俺から書くな
受け取った紙の名前欄にはしぇりると書かれており、触れるとオートで絆†エクシードと記入されて、OKの欄を押した。文字を自分で入力するのかと思っていたよ。
そして隣にいた硝子に渡し、硝子は記入後、闇影に渡して所有権は全員に行き渡る。
じゃ、船、作り始める。できたら連絡する。それまで自由にしてて
そう言うとしぇりるは大量のアイテムを前にスキルを唱えて船製作に入った。
時間はそんなに掛からないと思うが、話によれば個人ホーム、要するに住居などの製作には数時間要したって話をアルトから聞いた。
四人の人間が自由に動ける規模の船という事は同じ理論が適応する可能性が高いので、自由時間という事なのだろう。
見ているだけというのは辛いが、船製作に必要なスキルを所持していない俺が近くにいても邪魔なだけだ。今はしぇりるを信じて我慢しよう。
絆さん、闇子さん、これからどうしますか?
先日装備を新調したばかりでござるので、自分は特に用事はないでござるよ
俺は船の製作工程を見てようかと
良いですね! では、皆でしぇりるさんを応援しましょう
邪魔にならない距離で製作工程に入ったしぇりるを凝視する俺達。
相変わらず表情は無表情だが、一瞬しぇりるが微妙そうにこちらをチラリと見た。
いや原因は俺だが、精神的に邪魔しているよな。普通に。
ま、まあ仲間想いのパーティーという事で納得してくれると信じている。
ちょっと馴れ馴れしいだけだから、うん。
とりあえず俺は祈った。
俺達が邪魔した所為で船の出来に影響が出ません様に。
大海原へ
それから船が完成したのは三時間後だった。
いや、実際船を作ったらもっと掛かるんだろうが、そこはゲームなのだろう。
最初こそチラチラと俺達を気にしていたしぇりるだったが、直に集中力を発揮して船はみるみる形成されていき、やがて大型クルーザークラスの帆船が出来上がった。
材料の中でも結構な額がした丈夫な布はこの材料だったのか。
しかし帆船とか実際には見た事無いけど、結構迫力あるな。
今は海に浮かべていないので帆は閉じられているが、これが広がるともっと凄そうだ。
やっぱ四人で動けるとなると結構大きいんだな
お? 船の後ろの方に弓みたいの付いているけど、これはなんだ? バリスタ?
なんでもそう』だけで片付けるのやめないか?
まあいい、今日は俺達の船が完成した記念すべき日だ。
無粋な事は言わないさ。
今日だけはな。
俺が黒い笑みを浮かべていると硝子がおろおろとしている。
どうやら俺がしぇりるに対して抱いている感情を読み取ってしまった様だ。
さて、早速海に行くか?
自分は船が出来上がってから身体がソワソワしているでござる
そうだろうな。
身体全体が妙に揺れていて、興奮で飛び出して行きそうだ。
いきなりで大丈夫でしょうか?
硝子が未知への不安を洩らす。
確かに俺達スピリットは安全を第一に動かなければいけない種族なので気持ちは解る。
大丈夫
しぇりるさん
見詰め合う硝子としぇりる。
え? 何、そのちょっとフラグ立ちましたみたいな雰囲気。
というか今までの流れ的に突然過ぎないか?
最初は近場で練習する
練習ですか?
何の練習ですか?
いえ、ですから
なんか硝子が助けを求める表情でこっちを見て来る。
まあこの二人に百合フラグが立つ事はありえないよな。
性格的に。
ともあれ間に入って仲介し、俺達は海へと向かった。
じゃ、出す
アイテム欄からしぇりるは帆船を取り出した。
あの四人が乗れる程巨大な船をどうやって収納したのか、とか考えていはいけない。
この世界はゲーム。
四次元的な効果で取り出したと思って納得した。
ザバーンッと小さな波を立てて海に浮かぶ俺達の帆船。
そうだ一応スキル取得しとくか
誰に呟くでもなく、俺はメニューカーソルからスキル欄を選択。
船上戦闘Ⅰ。
船上専用スキル。
船の上で発生するあらゆるマイナス補正を軽減し、プラス効果を付与する。
獲得条件、12時間以上船で行動する。
ランクアップ条件、84時間以上船で行動する。
船上戦闘Ⅱ。
毎時間400のエネルギーを消費する。
取得に必要なマナ600。
獲得条件、84時間以上船で行動する。
ランクアップ条件、168時間以上船で行動する。
取得した瞬間、ランクⅡが出現したので、そのままⅡまで取得した。
マスタリー系と違って具体的な効果が書かれていないが、どうなのだろう。
多少損になるが、効果が微妙なら後々マナ半分を犠牲にしてスキルをランクダウンさせればいいか。
絆さん、行かないのですか?
言われて周囲を見回すと既に闇影としぇりるが船の上にいた。
なんという速さだ。
じゃあ、行くか
大きな船なので、以前の物より安心感がある。
俺はぴょんと飛んで船に飛び乗った。
うん。行けそうだな
結構力を入れたつもりだが、ビクともしていない。
これなら硝子と闇影がいれば怖くないはずだ。
いつになっても船に乗らない硝子に気が付いた。
というよりも船の前で気不味そうな、心配そうな表情を浮かべている。
えっとお恥ずかしながら、ちょっと怖くて
あ~確かに、船って独特の緊張感があるよな。
揺れとかもあるし、浮遊感みたいのもあって怖い気持ちは理解できる。
大丈夫だ。海なら多少経験がある。慣れるまで、俺が支えるからさ
そう言って硝子に手を伸ばす。
硝子は、はにかんだ笑みを浮かべて俺の手を握り、俺は引っ張って船に乗せた。
な、大丈夫だろう?
そ、そうですね。絆さんとなら、安心できそうです
それ、勘違いされるから、あんまり言うなよ?
一瞬ドキっと来たじゃないか。
硝子って時々こういう無防備な事言うから怖いんだよな。
これで本人に自覚があったら問題あるんだが、反応からして気付いて無さそうだし。
そんな気分を誤魔化す為に闇影達の方を向くと。
タイタニックでござるー!
闇影が船の先頭で両手を広げていた。
なにやってんだよ。
しぇりるが微妙な顔しているじゃないか。このお調子者が。
そういう縁起でもない事するなよ。沈んだらお前の所為だからな!
ふふっ
闇影に注意していると背後から小さな笑い声がした。
振り返ると硝子が笑みを浮かべている。
いや、硝子は良く笑う方だが、今回のは違う。
今までに見た事のない、楽しそうな笑みだ。
硝子、笑い事じゃないぞ
す、すみません。つい
つい?
いえ、皆さんと一緒にいると楽しい、と思いまして
楽しい、か。
MMOの醍醐味は見ず知らずの誰かと一緒にゲームをする事だからな。
私は今までずっと、強くなる事に固執していましたが、絆さん達とこういう風にしている方が合っているのかもしれません
そう言われると照れるな
前線組の効率から見たら、俺達は相当アレだと思う。
でも、誰も見た事がない海へ向かうと考えると心が躍る。
この感情を共有できた事がちょっといや、かなり嬉しかった。
それに。
だけどな、硝子。俺はネタプレイに生きると決めた訳じゃないんだからな
わかっています
海へ行くのはエネルギー獲得量も兼ねているし、海の向こう側に可能性を見出しているからでもある。できれば硝子がエネルギーを失った事で前線から離脱したのを少しでも補えれば、とも考えている。
無論、絶対に何かあるとは思っていないが、可能ならば硝子が一度夢見た前線復帰の手伝いもしたい。
今はまだ、足を引っ張っているが、四人で何かできれば良いな。
じゃあ、出航と行くか!
こうして俺達は大海原へ旅立った。
小さな失敗、大きな経験
やっぱ帆船は違うな!
俺達四人の船が出港した際の言葉はこんなものだった。
手漕ぎボートは性能上、沖に行くのに時間も労力も掛かったからな。
その点帆船は違う。
おそらくしぇりるは舵スキルを取得しているのだろう。
しぇりるが船を動かして俺達は海を眺めるという、ある種旅行気分だ。
天気も良いですし、海というのは気持ちの良いものなんですね
日によってまちまちだが今日は天気が良い。
どういう物理エンジンを積んでいるのかは知らないが、曇りの日や雨の日まであるので出港式としては幸運に恵まれた。
硝子の評価も上々だし出発点はうまくいったと見て良いと思う。
しぇりるはモンスターの分布知っているのか?
一応訊ねる。
俺も多少船であっちこっち探索した経験こそあるが、具体的な分布は知らない。
マグロが取れる位置は覚えているので必要がなかったともいえる。
ん。弱いのから順に、試してみる
帆を調整しながら言った。結構大変そうだな。
以前船を動かす奴が必要といったが、確かに一人は舵をする奴が必要だな。
じゃあ俺は金稼ぎに釣りでもしてるから、敵は硝子と闇影に任せるぞ
モンスターが多数やって来たら俺も援護するが、一匹や二匹なら二人で十分だろう。
若干約一名がエセ忍者っぽいポーズでにんにん』言っている所に一抹の不安が残るが。
それよりも船の所持率が少ない現在、マグロやタイを売れば金になる。
帆船作成で失った金を少しでも増やすには丁度良い。
そういう訳で俺は釣竿船の材料集めのついでに作ってもらった人面樹の竿』を取り出した。
トレントの木が材料なのは言うまでもないが、比較的良い物を使ったので+1。
これで竿の性能もランクアップだぜ。
という訳で糸を海に垂らす。
最近は釣りよりも戦闘や商談が多かったので、なんか久々に感じる。船が海を切り裂いて進むので今までとは違う感覚を伴ってこそいるが、やっぱ釣りだよな。
釣れますか?
どうだろうな。釣れる時もあれば、釣れない時もあるからな
まあ現実よりは釣れるけどな。
という補足も踏まえて護衛兼最高戦力の硝子と話す。
しかし絆さんとしぇりるさんが仰っていましたが、海は随分と広いんですね
まあ海だしな
いえ、そうではなく、絆さん達の言葉を疑う訳ではありませんが、先が見えないというか、どこまで続いているのか不透明に思えます
水平線を遠い目で眺める硝子に深く同意できる。
どこまで続いているのか分からない。
それはある意味、不安でもある。
先に進めば進む程モンスターが強くなるというのもそれを拍車をかける。
大昔のRPGは船を手に入れると自由度が広がった。しかし誤った道へ舵を取れば凶悪なモンスターが沢山沸いて全滅、なんて事もあったがまさかな。
そんな時は逃げれば良い。
手漕ぎボートで逃げ切れたんだ。
帆船としぇりるの腕があれば適正な場所で戦える、はず。
敵、臨戦態勢
これからの不安に胸を焦がしているとしぇりるが突然そう言った。
俺は釣竿片手に周囲を見回すと東北の方向から黒い影、以前俺が戦ったキラーウイングがこちらに向かって急速接近している。
自分の出番でござるな!
ドヤ顔で言い放つ闇影。
頼りになりそうな気もするが、お調子者な所に不安が残る。
行きます! 充填
扇子を構えて硝子はいつもの鬼神染みた気迫と共にキラーウイングへ対峙した。
前衛が硝子で闇影が後衛。たかが一匹相手に遅れは取らないだろう。俺は攻撃を受けない様に気を付けて立ち回れば良いか。
そうこう考えている間にキラーウイングは攻撃の届く距離まで接近していた。
硝子は扇子をキラーウイングに向け、闇影はドレインを詠唱する。
!
一呼吸置くと硝子はキラーウイングの攻撃を避けながら扇子を薙いて当てる。
いつも通りの硝子に清々しさすら感じていると何か変だ。
薙ぎが命中してキラーウイングの体勢が崩れた、までは良い。未だキラーウイングは健在だが連続での攻撃、更には闇影のドレインが次に控えている。
だが力の籠もった薙ぎを当てた硝子は自身の遠心力に囚われて船の外側へ
って落ちるぞ!
パシっと空を切っていた扇子を持っていない方の手を間一髪に掴む。
硝子の不安そうな表情は俺が掴んだと見るや安堵の色に変わった。
俺、今かっこいいんじゃね?
じゃなくて。
大丈夫か?
は、はい!
一瞬呆気に取られていたが直に頷くと硝子は体勢を立て直す。
どうしたんだ?
いえ、足が
足が?
あれか、地上と船の上では感覚が違うって事か。
まだ断言はできないが俺は船上戦スキルを取得している。
だから補正が付いていると考えれば、硝子が本領を発揮できない理由も頷ける。
ドボーンッ!
何か大きな物が海に落ちる音が響く。
若干ブクブクと泡の様な音も聞こえてキョロキョロと周囲を急いで探す。
闇影がいない!
ヤミが落ちた
しぇりるの淡々とした言葉が耳に入り、焦りは高まる。
俺達の中で戦闘メンバーが事実上壊滅状態。
助けてくる。絆と硝子は敵と船をお願い
わかった!
俺が頷くとしぇりるは海へと飛び込んだ。
そういえば船を作る前は泳いでいたとか話していた記憶がある。
多分水泳スキルでもあるのだろう。
そんな事よりも今は思考をキラーウイングに集中させる。
船の戦いは陸とは違うっぽいな。慣れるまでは俺が援護する
船から落ちない様に助けるから
硝子が頷くのを見て、俺はアイアンガラスキを握る。
キラーウイングは鳥系、相性は良い。
更に言えば、そこまで強い敵でもない。
ここで立ち止まってしまえば、あの海を越えるなんて夢のまた夢だ。
よっと!
キラーウイングの攻撃をステップで避ける。
船が広いので以前みたいな殴り合いは避けられた。
乱舞一ノ型・連撃!
既にある程度チャージが完了していた扇子から攻撃スキルが発動する。
横からキラーウイングの胴へ命中。ついでに俺も便乗して攻撃しておいた。
その甲斐もあって元々そんなに強いモンスターという事でもないが、鳥系が打撃に弱い事、硝子の装備や能力、蓄積ダメージなどの関係も相まって倒れた。
だが、これは
残念ながらマイナスですね
パーティーを組んでいるので経験値は300を四人で均等。パーティー補正を含めてもスキルを使った時点でマイナスといえる。
闇影に至っては海への落下でダメージを受けているからな。
対策が必要だな
補足だが、竿が引かれていたので釣っておいた。
ニシンだった。
対策と結果
ううっ酷い目にあったでござる
海水で水浸しになった闇影が言った。
あれから数分も経たない内にしぇりるが救出に成功して、今さっき引き上げた所だ。
それにしても、まさかこんな事になるとは想像もしてなかった。
三国志か何かで陸地と海戦ではまるで違うという話をマンガで読んだが、ここまで違うとは。三国志の場合、赤壁は河だが、似た様な物だろう。
史実は知らないが演義だと圧倒的な数で上回っていた魏に策略を使ったとはいえ呉が勝利するんだったか。
そう考えると船での戦闘は船上戦スキルが必要になりそうだな。
そういえば練習とか言っていた覚えが
出航前、硝子に向かってしぇりるが近場で練習すると言っていたのを思い出す。
しぇりるさん、まさか分かっていたのか?
気付かれない様に視線を向ける。
するとしぇりるは相変わらず感情の読めない表情をしていた。
まさかな。
しぇりるは船上戦闘スキルどれくらいだ?
熟練度124でレベル3。絆は?
レベルは分からないが、ランクⅡだ
スピリットは種族柄、他の種族とは違うという事なのだろう。
正直、熟練度だのレベルだの言われても今一分からない。
憶測だがレベル3はスピリットでいうランクⅢの事を指すのではなかろうか。俺達スピリットは船の上での滞在時間だが、レベルの場合条件が違ったりするのかもしれない。
絆さんが船の上で迅速に行動できるのはスキルのおかげなのですか?
ああ。取得条件は船の上で12時間経過だ。取得するか考えておいてくれ
12時間ですか短い様で長いですね
取得する気マンマンの硝子は取得条件を聞いて少しがっかりしている。
確かに12時間は夜目と比べると比較的に条件は軽いが、ちょっと長い。
にしても闇影はなんで落ちたんだ? ドレインを詠唱していただけだろう?
それが自分にも理解できないでござる。気が付いたら海に落ちていたでござる
詠唱で意識が足にいかなかったのかも
あーありえるな
結構船の揺れは無意識にバランス取っているからな。
詠唱が仮に全意識を使う、みたいに設定されていたら転がって海に落ちる、なんて事も十分考えられる。
この辺りは船上戦闘スキルで補えるのか? 補えると良いんだが。
というか補えなかったら船の上で魔法スキルが死んでいる事になるぞ。
無論、誰かが支えて魔法を唱えさせるとか仮案はあるが、現実的じゃないよな。
う~んう~んと思考していると突然硝子に話しかけられた。
振り返ると目が輝いている。何か名案でも閃いたか。
絆さんが私と闇子さんの手を握って戦うというのはどうでしょう!
いや、どんな戦い方だ。
そりゃ足を引っ張られた硝子の安定を保つ事はできる。幸い硝子の武器は片手で使える扇子だ。更に闇影の詠唱による海落下防止もできるだろう。
だけど仲良くお手々を繋いで戦う。
かっこわるくね?
待てよ?
それで大丈夫なら、闇影をマストに吊るしておけばドレイン使えるんじゃね?
とんでもない事言っているでござる!
いや、固定砲台的にさ。この際張り付けでもいいぞ?
もっと悪いでござる!?
ダメ。景観が損なわれる
しぇりるが言うならしょうがないな
釈然としないでござる!
まあ冗談はさて置き、真面目に考えよう。
かっこ悪いとは思うが二人の手を握って戦うのも無理な手段ではない。
そういえば後ろにバリスタがあるけど、あれは使えないのか?
使える
じゃあそれを使うというのはどうだ?
お金が掛かる
金か~
船の材料を買い漁った所為で俺も少々心許ない。
話によればバリスタの矢は弓矢の物より高額らしいので悩み所だ。
しょうがないな二人には船底で漕いでもらうか
ボソっと呟く。
さっき船内を覗いたら船底に押して漕ぐあの機材名前知らないがあった。
あれを硝子と闇影に押させて俺としぇりるで12時間戦えば良いだろう。
何がしょうがないなんですか!
ポジションが完全に奴隷でござる!
ちっ! 気付かれたか
結構小さい声で呟いたつもりだったが聞こえてしまった。
まあ四人で乗れるとは言っても、この至近距離で聞き漏らしたらそいつは難聴だが。
しかしだ。
お手々を繋いで戦うとか、こう恥ずかしいじゃないか。
と訴えたのだがその後数分の口論を挟んで。
はぁ分かった、かっこ悪いけど硝子の案で行こう
結局妥協して頷いてしまった。
まあさすがに奴隷計画は自分でもナンセンスだと思うけどさ。
絆殿が良い主で自分嬉しいでござる
現金な奴等だ。
特にダークシャドウさんの方。
何か変な気配を感じてしぇりるの方を向くと初めて表情らしい不敵な笑みを浮かべて。
次ヘマしたら奴隷
しぇりるさん怖いっす。
ともあれ仲良く手を繋いでの戦闘はさすがにアレなので、俺が二人を支えるという手段を取る事になった。というかさせた。
硝子、このまま防ぎきれるか?
やってみます!
作戦通り俺が二人を支えるという手段で戦っていた。
現在俺の左手には無防備になった闇影がドレインを詠唱している。
この間硝子を無闇に攻撃などで足を使わせると落ちてしまう可能性もあるので、前衛が硝子で敵の攻撃を扇子でいなし、俺が闇影の詠唱を支えて、ドレインが発動したら解体武器を片手に硝子のサポートに入るという、少々厳しい戦略を実践している。
敵はブレイブバード。
大型の鳥型モンスターで船の半分位の大きさだ。
属性は知らないが身体に赤い線が入っている。ちょっとかっこいい。
以前俺が戦った時は不利を悟って逃げ出したが、パーティーでならある程度戦えている。
今は硝子と闇影が船上戦闘スキルを所持していないが、取得が完了すれば二人でも相手できそうだ。
そうこう考えている間に硝子はブレイブバードの攻撃を扇子で受け止め、そしていなし、反動の少ない突きを繰り返している。
まだか? と焦りの表情で闇影を見ると丁度ドレインが完了したらしく。
ドレインでござる!
そんな声と共に黒色のエフェクトが高速で飛んでいきブレイブバードに命中、体内から緑色の粒子が闇影に戻ってきた。
何だかんだで魔法ダメージなのを含め、エネルギー計算のほとんどを注ぎ込んでいるドレインの威力は高い。
本音を言えばもっと火力の高い闇魔法を使って欲しい所だが、闇影のこだわりの様だし、俺達は何も最強を目指している訳ではないので楽しみを奪いはしない。
なにより最強云々を言い出したら俺なんかは相当弱いしな。
闇影、次は硝子だ。攻撃を受けない様に待機していてくれ
承知でござる!
ああ、実に歯痒い。
これが陸地なら二人の猛攻は順番など無く、打ち放題だと言うのに。
だが、そうも言っていられないのでアイアンガラスキを片手に硝子の近くまで接近する。
行けそうか?
はい。充填量もかなり良い状態なので行けます
硝子の扇子を確認すると発光はかなり強くなっていた。
戦闘方法の関係、闇影が詠唱している間はチャージ時間が長くなる。
つまり硝子から発せられるスキルダメージも大きくなる。
まだこれがあるので、最悪の状況とは言えないな。
じゃあスキル後の隙はこっちで解消する。頼むぞ!
はい! 乱舞三ノ型・桜花!
白色に光っていた扇子が淡いピンク色桜色に変わる。そして桜の花弁が散るかの様なエフェクトが発生すると扇子が開き、勢い良く切り裂いた。
さながら一閃』とでも表現したくなるが、あの線が攻撃範囲なのだろう。
つまり現状ブレイブバード一匹相手に戦っているのでベストな攻撃ではないが、チャージ時間に相応したダメージが期待できる。
そして勢いを付け過ぎた硝子の足がよろめく。
おっと
ありがとうございます
それを受け止めて体勢を整えるのが俺の仕事だ。
直様硝子はブレイブバードに向き直る。
おい逃げたぞ
ダメージ量が一定に達したのかは不明だがブレイブバードが突然急上昇を始めた。
あっという間に空の彼方へ飛び立っていく巨鳥。
え? 今までの苦労は全て無駄という事か?
ピシュンッ!
そんな金属を滑らせた様な音が背後から聞こる。
振り返るとしぇりるが相変わらず無表情ではあったが、船後方にある物体を握っていた。
そう、バリスタだ。
矢一発が程々の額のする、あの兵器。
俺の頭は直に状況を理解した。
しぇりるはバリスタで追い討ちを掛けたのだろう。
その証拠に空へ目を向けるとブレイブバードが落下を始めている。
ステータス画面を眺めるとエネルギーが700も増えていた。
つまり倒した、という事か。
どうにか行けるな
相変わらず口癖を呟くしぇりるを横目に考える。
四人で700エネルギー。
パーティー補正も入っているが、正直相当美味い。
無論、現状では数を狩るのは不可能なのも事実だが、それでも常闇ノ森よりエネルギー効率は良い方だ。要するに一匹一匹の獲得量が大きいという事か。
海、経験値的にどうだろう
元前線組で美味しい狩り場に詳しい硝子に訊ねる。
もっと効率の良い場所はきっと沢山あるだろうが、ブレイブバードは海のモンスター群の中でも弱い方だ。中々評価も良いんじゃないか?
考えていたよりも多いです。私が前線にいた頃戦っていた化け物さんと同等なのではないでしょうか
そりゃ良かった。船作りだの、戦闘方法だの、あれだけ苦労して不味かったらどうしようもないからな
ですが、ここはまだ海の中では始まりなのですよね? 一体この先はどうなっているんですか? 正直、これで弱い方と言われると疑問しか浮かびません
硝子の言い分も頷ける。
さっき硝子は前線にいた頃と同等と言った。
つまる所、ブレイブバード程度の経験値が前線の獲得量という事になる。
無論、殲滅力などの差は当然あるが、少なくとも俺はブレイブバードよりも強い敵を何匹も知っている。
だが、そこから出てくる答えは不安ではなく。
だから、気になるんだろう?
そうですね。あの先に何があるのか全くの未知数ですもんね
それは期待。
冒険心と例えても良いかもしれない。
解らないから行って見たいという凄く単純な欲求。
俺としぇりるに限らず、硝子にもこの気持ちが理解してもらえるなら嬉しい。
あの水平線の向こうに何があるのかわからない。
だからこそ、行って見たいと思った。
まあでも今は海に落ちたアレを拾って俺達の金になってもらわないとな
今はまだ、その時ではない。
俺はしぇりるに解体武器の事情を話した。
同じ狩り場で戦っている者が誰もいないのだから隠す必要も無い。
こんな感じで俺達は船上戦闘スキルが出現する12時間もの間戦い続けた。
そして。
俺達はまだ知らない。
災いが刻一刻と近付いている事に。
ディメンションウェーブ-始動-
ソレが起こったのは俺達が海で生活を始めてから一週間程経った頃だった。
硝子も闇影も船上戦闘スキルを習得して、遠くへ来られる様になった頃。
大分沖まで来れる様になってきたな。そろそろもっと先に行ってもいいんじゃないか?
そうですね。近頃は陸地よりも船の方が動き易く
言葉を途中で止め、硝子は直前までの柔らかだった表情を変えた。
そして海、第一都市の方向に振り返る。
釣られて何かあるのかと俺もそちらを向くが、これといった変化はない。
いえ、風が前からも後ろからも来るので少々気になって
確かに、変
しぇりるは船の帆を指差して言った。
確かに帆が変な動きを繰り返している。
どうしたでござるか?
船の先頭で警戒をしていた闇影が疑問を浮かべている俺達へ近付いて来る。
俺は硝子としぇりるの話を伝えようと言葉を紡ぐよりも前に事態は動いた。
これは行けません! 絆さん!
突然硝子が俺を抱きかかえて手短にあった帆に繋がるロープを強く掴んだ。
どうしたんだ? そう訊ねようとした直後。
ギギギッ!
何かを押し開くかの様な、不快な音。
単純に耳にクル音だ。
痛み、と例えてもいいかもしれない。
近い音というと黒板などを爪などで引っ掻いた音だろうか。
その音を何十倍にも不快にした。そんな音だった。
バリンッ!
鼓膜を破るかの如く、ガラスを地面に落とした音。
方向は硝子が指摘した風がした場所、第一都市の方角。
なっ!?
瞳に映った光景。
現実では決して起こらないであろう空間その物にヒビが入った様な黒い線。
直後。
爆発と例えて差し支えない突風がヒビの方向から発生した。
くぅっ!
硝子から苦痛に似た声が響く。
それもそのはずだ。爆風が船に直撃したからだ。
船の帆が強く靡くいや、船その物が浮いている。
それ位凄い風だ。
テレビで竜巻の映像を見た事があるが、それに匹敵するかもしれない。
水飛沫が舞い、辺りは直前までの平和な海を地獄に変えている。
闇か
闇影、そしてしぇりるが爆風に飛ばされていく。
声は暴風で聞き取れなかった。ゲームの仕様上死にこそしないだろうが、人が風に飛ばされていくトラウマになりそうだ。
どれ位経っただろうか。
一分か、あるいは数十分か。
時間の感覚が曖昧になり、暴風が収まったのは、それ位経ってからだった。
絆さん。大丈夫ですか?
あああ
硝子の声を聞いてやっと風が止んだ事を実感したのだから相当だろう。
辺りを眺めると俺達は船の上にいた。
帆船その物に被害はないが、海は木材などが浮かんでいる。
これがゲームだという前提が無ければ第一都市から飛んできた、と考える所だ。しかしこれはゲーム。おそらくそういう演出だと思われる。
ダメージはありませんか?
ダメージ?
俺は直にステータス画面を表示させて自身の状態を確認する。
幸いどこも異常はない。
暴風が起こる前と何等変わらない状態が映っていた。
いや、そもそもダメージはないか、という質問はおかしい。
まるで自分にはあったかの様な言葉だ。
硝子にはあるのか!?
いえ、500程受けただけで、それ程大きい物ではありません
それは良かった。いや良くはないか
あれだけの事があったんですから、500で済んだのは不幸中の幸いと言えるでしょう
そうだな
安堵の息を吐く。
これが千だの万だの言われたら大変だった。
しかし、今のはなんだ
絆さん空を見てください
空?
見上げると赤。赤い色が瞳に映し出される。
ワインレッドに染まった空。
血に似た色が頭上を染め上げていた。
不安になる色。不気味な雰囲気を醸し出している。
俺は呆気に取られた表情で唯それを見上げていた。
それは俺だけではなく、硝子も同じだ。
いや、今はそれ所じゃない。
硝子、それよりも闇影としぇりるが先だ
そ、そうですね!
先程風に飛ばされるのを目撃している。
海に落ちたなら風は多少防げるだろうが、闇影は泳げない。
そうなるとダメージを多く受けてしまうだろう。
スピリット的には可能な限り軽減してやりたい。
俺は船の周りだけでなく、遠くも眺める。
あの風じゃあどこまで飛ばされたのか皆目見当も付かない。
二人とも、無事でいてくれよ。
いました!
本当か!?
硝子の指差した方向を眺めると浮かんでいる影が見えた。
俺は舵スキルを直に習得すると帆船を動かし始める。
今はエネルギーだの、マナだの言っている時じゃない。
大丈夫か!
ん。ヤミも一緒
さすがに今まで舵を担当していたしぇりると比べれば拙い動きだが、船を近づける。
すると確かにしぇりるは闇影を抱えていた。
しぇりるさん、掴まって下さい!
ヤミが先
硝子は言われるまま闇影を引き上げて、次にしぇりるに手を差し出した。
上がってきた二人は当然ながら海水で水浸しだ。
各言う俺達も風で飛んできた水で大分濡れている。
闇影、エネルギーは大丈夫か?
2000程受けたでござるが、ドレインでいつも皆よりもらっているでござる故、問題はござらん。それよりもしぇりる殿の介抱を
2000ダメージというと正直、かなりのダメージだ。
スピリットは耐久的に問題ないが、しぇりるは晶人。最大HPが何あるかは不明だが、死んでいない所を見るにデスペナルティは避けられたのだろう。
だいじょぶ。HPゲージが赤いだけ
それ大丈夫じゃないだろ
問題ない事を主張するしぇりるを休ませて、俺は取り敢えず舵を第一へ向ける。
だが、自然とその視線は上空を眺めるだろう。
俺達全員はその方角を眺めて、誰が言うでもなく確信した。
そう、第一都市の方向には未だ黒いヒビが自己主張していたのだった。
被害報告
第一都市へ向かっている途中。
奏姉さんと紡からチャットが送られてきた。
当然ながらディメンションウェーブの件だろう。
第一に着いたら俺の方から送ろうと考えていた所だったので舵を取りながら参加する。
お兄ちゃん!? 大丈夫だった?
絆、怪我はない?
突然二人の大きな声が響いた。
ゲームとはいえ、あれだけの事があったので気持ちは理解できる。
ああ、海にいたんだが、硝子仲間のおかげでダメージ一つない
よかった~こっちはパーティーの二人がデスペナったよ
お姉ちゃんの方では三人かな~
二人から落ち込んだ声で被害が報告される。
話によれば、デスペナルティを受けた奴は数えるのも嫌になる位いるそうだ。
しかし、予想よりも随分と被害が大きい。
紡が所属しているという事は、おそらく前線パーティーだ。
その中の二人が死んだとなると相当だろう。
もしかしたら俺達は海がクッションになって比較的にダメージが少なかったのかもしれない。いや発生源が陸の方だったから離れていたのも大きいのか。
あくまで想像だが、あの突風を受けて壁にでもぶつかったら2000ダメージでは済まない気がする。そう考えると俺達は運が良かったのかもな。
それでそっちは今どうなってるんだ? 俺達は海にいるから情報に疎くて
海? 海って海岸?
いや、沖の方
そんな所に行けるの? というかどうやっていくの?
RPGで海を移動する道具って言ったらそう何個も無いだろうよ
なるほど!
それで納得する所がゲーマーの悲しさか。
船、あるいはそれに追随するアイテムを想像したに違いない。
こっちは今、皆沢山の人達で調査してる所だよ
調査?
ええ、ヒビの位置から第一から第二の間だと思うんだけど、何かイベントが発生しているんじゃないかな? というのが大多数の考えね~
よくよく考えてみればディメンションウェーブという、タイトルにもなっている物がどの様なイベントなのか俺達は何も知らない。
現状、赤い空と空間のヒビが関係しているのは確実だが、大多数参加型のイベントである可能性は十分考えられる。
参加するしないに問わず、情報を得ておくのは重要だろう。
絆お兄ちゃん、第一の方に来れる?
今向かってる
じゃあ第一に着いたら広場で合流しましょう
わかった。じゃあ一度チャット切るな
チャットを終了して、硝子達に振り返ると三人がこっちを凝視していた。
いや普通に電話、じゃなくてチャットしていただけだが。
紡さんからお電話ですか?
ああ、姉さんと紡からだった
お姉さんもいるのですか
そういえば言ってなかったな。三人でやってるんだ
どうして別々に行動しているのでござるか?
そういえば、どうしてだろうな
確かに姉妹三人でやっているのに何故か全員別行動だ。
言われてみれば三人でパーティーを組んでも良かったかもしれない。俺は最初から釣りをする事を公言していたので、二人が察してくれたんだろうけど。
第一に着いたら一度合流する事になった
ご兄弟の安否ですから、とても大事な事だと思います
硝子殿の言う通りでござるな。この際絆殿だけでも先に第一に行くのはどうでござるか?
いや、二人とも大丈夫だったし、そんなに急いで合流する程でもないだろうよ
これが創作物に良くあるデスゲームって訳でもあるまいし。
家族の贔屓目だが、あいつ等ゲームは俺よりも上手いからな。実際、ディメンションウェーブの直撃を受けて自分達は死んでないよっぽいオーラ出してたし。
心配してないかと言われれば嘘になるが、今直ぐ会わなきゃダメって程でもない。
そうでもない
大丈夫だろ。一応前線組だしな
違う。絆には第一へ帰還。情報収集してほしい
なるほど。一理あるな。
海から船で帰れば距離の関係、帰還アイテムを使うよりは時間が掛かる。
その点、パーティーメンバーの誰かが情報収集に先行するのは十分ありだ。
だけど、それは俺じゃなくても良いんじゃないか?
絆はこの中で一番友好関係が広い。情報集めなら、絆が適任
しぇりるさんのお言葉通りですね。絆さんが一番かと思われます
自分、人と話すのが苦手でござる故
確かに前線組の紡、姉さん、アルト、ロミナ辺りに聞けば現状を把握するのは早そうだが、面倒を押し付けられている気もする。本音を言えば、それを喜んで頷いてしまう俺はシスターコンプレックスなのかもしれないけどさ。
ありがとう。じゃあ先に行って可能な限り情報を集めとく。着いたら連絡頼むぞ
スピリットとして常用基本である帰還アイテム帰路ノ写本』をアイテム欄から選ぶ。
緊急脱出用に三つ持っているが、これ1000セリンもするんだよな。
いや、我侭を言うまい。時は金なり、とも言うからな。
今は1000セリンよりもディメンションウェーブ対策が重要だろう。
そういう訳で俺は帰路ノ写本を使用し、三人を残して先に第一都市へ急いだ。
前線組
被害は大きかったみたいだな
都市の第一印象はそんな感じだった。
事前にディメンションウェーブ用に作られていたのか、第一都市ルロロナの建物は被害を受けて所々崩れている。以前とは見る影もない。
約二週間近く拠点にしていたので見覚えがある場所が多いのも微妙な心境にさせる原因か。
逆に行き交う人々はイキイキとしていると思う。
まあディメンションウェーブなんて大きなイベント、普通のオンラインゲームからすれば大規模パッチに近いからな。これから起こるイベントにワクワクしているのだろう。
にしても寒いな
第一都市は海に近い影響か、あるいは最初の街という事で比較的温暖に設定されている。小春日和みたいな、ボーっとしていると眠くなる、そんな印象のある都市だ。
しかし今はディメンションウェーブの影響なのか、温度が低い。
思えばゲームで温度というのも面白い。
まるで異世界にでも来たみたいな、そんな錯覚すら沸く。
セカンドライフプロジェクト的に可能な限り実装した、という事だろう。
さて、情報収集をすると言った手前調べとかないとな。
まずは姉さんと紡か。
後はアルトと連絡を取ろう。奴なら色々な所から情報が集まるだろう。
目的を決めて歩き出そうとした所、空に違和感を覚えた。
雪?
そう、雪が降ってきた。
俺以外にも気が付いた奴は多く、少し顔を青くしている。
ゲーム的には演出なのだろうが、天変地異の様で不気味さが増した。
さながら北欧神話にでも出てくる世界の終焉みたいだ。
硝子、力を借りるぞ
メニューカーソルからアイテム欄を選択し硝子が以前くれた粉雪ノ羽織を取り出す。
海ではそれ程寒くなかったので使っていなかったが、この寒さでは必要だろう。
相変わらず俺は西洋風の衣服系をメインに使っているので似合わないだろうが、粉雪ノ羽織は効果以上に暖かい気がした。
そうこうしている間に待ち合わせ場所である広場に到着した。
作為的な物を感じるが、ここはゲーム開始地点。
広場には普段は見られない屈強な全身鎧を身に纏った者や品質の良さそうな魔法使いといった風貌のローブを羽織って大きな杖を持った者がいた。
誰が言うでもなく、前線組の奴等だろう。
この中に一週間前まで硝子が混ざっていたと思うとなんだか不思議だ。
紡達は
キョロキョロと辺りを歩きながら探す。
衣類パーティーの俺達と比べると両手剣などのごつい物を持っている奴等が多くて少しビビッた。良く考えるとMMORPG的にはそっちの方が自然なのか。
お兄ちゃーーーーん!
右後方から紡の声が響く。
姉さんと紡はリアルと同じ声を使っているので直に気付いた。
こんな異世界っぽい場所で現実の声を聞くのはちょっとアレだがな。
つむ
紡と言い切る前に俺にダイブしてきやがった。
しかも鎧だ。
重装甲って程でもないが、比較的重そうな奴ミドルアーマーって奴か。
ともかく重そうな鎧のまま俺に飛びついてきた。
うわっと!
無理かもしれないとも思ったが俺はそのまま受け止める。
受け止めた衝撃で何かのアニメみたいに三回転した。
しかし意外にもその身体は予想に反して軽かった。
むふー!
ケモノ耳で再会の興奮を訴えているのか、耳が高速で開閉している。
頭を撫でてやろうと手を伸ばすが、紡は俺より身長が高い。
イメージとは違う、下から頭を撫でる形になった。
くっ! ちょっとかっこ悪い。
あれ?
ううん、なんでもない。お兄ちゃん元気そうで良かったよ
そっちこそ大丈夫そうだなていうかレベル高そうだな
赤いアクセントの入った漆黒の鎧。
若干ロングスカート風味の鎧はかっこ良さと可愛らしさを両立させている。
武器は仕舞っているので何か分からないが、何を着けても似合いそうだ。
平民な兄に、騎士の妹って感じで多少思う所はあるけれど、目的が違うのだから自然と装備にも変化はあるだろうと納得する。
あはは、26レベルになったばかりだよ~
26?
俺は紡のレベルに対して聞き返してしまった。
というのもしぇりるのレベルが21だからだ。
硝子と闇影が船上戦闘スキルを覚えたおかげで効率が跳ね上がったのも大きいがしぇりるは確実にレベルが上がっていた。
本人曰く20から上がり辛くなった』とか言っていたが、初日からずっと前線で戦い続けていたであろう紡と5レベルしか差が無いのは不自然だ。
あたしのレベルがどうしたの?
い、いや、なんでもない
咄嗟に誤魔化してしまったが、どういう事だ?
きっとオンラインゲームにありがちなレベルの上がり辛さだろう。
序盤だけ早くて、後半は異常な量必要になる経験値。
あれに違いない。
紡の兄さんだな?
思考を戻すと紡が来た方向から四人のパーティーと思わしき人物が話しかけてきた。
話しかけてきたのは人間の男。
兄として妹を呼び捨てされた事に若干シスコン根性が沸いてくるが、考えてもみればゲームなので呼び易い言い方になると納得する。
男は赤の入った茶髪で白いアーマーを着込んだRPGに出てくる勇者みたいな奴だ。
態度から紡が所属するパーティーのリーダーといった所か。
後ろには両手杖を持ったローブを着けた人間の女性。本、魔導書を持った晶人の青年。ライトアーマーの草人の少年、と紡を含めて種族オンパレードだ。
その中にスピリットがいないのが悲しい所か。
ああ、俺が紡のリアル兄の絆だ
聞いてるぜ。お姉さんと紡に妹にさせられたんだってな?
まあな。まあ程々に楽しませてもらっているよ
よろしくな、絆。オレはロゼット。皆からはロゼって言われてる
そう言って握手を求めてきたロゼ。
断る理由がないので握手を交わしてから会話を続ける。
聞くまでもないが、ロゼは前線組か?
一応な。紡やレイ達のおかげだ
レイというのが誰かは知らないが後ろの三人の誰かだろう。
ロゼの第一印象は、なんかギャルゲーの主人公みたいな奴だ。
男三人、女二人の一般的なRPGにありがちな構成。
王道的に見て、後ろ三人は、両手杖の女性がレイとやらで光魔法、魔導書の青年が四属性魔法、ライトアーマーの少年が弓って所か。
そしてロゼは盾役か。パーティーリーダーに合いそうな男だ。
ちなみに実際に訊ねたら正解だった。
俺の勘も中々のものだな。
まあ、MMORPGでハズレの無い構成というと、そんな感じなんだけどさ。
それでディメンションウェーブの調査はどの程度進んでいるんだ?
第二までの途中に今までなかった場所があるらしいよ
特設マップって所か
そのマップに何かあるか、あるいはそこで戦闘があるのか。
予想ではボスモンスターでもあのヒビから沸いて出てくる、とかが妥当か。
オレ達は三日後に何かあると睨んでる
三日後そういう事か
三日後、その日は俺達がこの世界、ディメンションウェーブが来て丁度一ヶ月目だ。
なるほど、その線は十分あり得る。
イベント的にも一月経った辺りで大きなイベントがあるのは納得できる。無論、ハズレる可能性もあるので引き続き調査は必要だが、三日後に何かあると踏んでいいだろう。
仮に三日後、大きな戦いがある事を仮定した場合。
俺が最初にできる事は解体武器の効果だ。
この情報を公開すればゲーム内戦力の底上げができるはず。
十分稼がせてもらったし、今まで紡と一緒にいた彼等になら
おいおい、勇者様はスピリットなんかとつるんでるのかよ
決意を固め、喉から言葉を出し掛けた直後、ロゼに話しかけてきた人物がいた。
金髪のイケメンだ。まあゲームなので美男美女ばかりなのだが。
お前等か
今まで比較的好印象だったロゼが眉を顰め、不快そうな顔をした。
まあ態度からあまり関わり合いになりたくない類の輩なのは分かる。
その金髪の背後には三人連れがいる。装備や構成がどことなくロゼ達に近い。
多分、レベルが近いのだろう。そうなると彼等も前線組と考えるのが無難か。
スピリットが弱い種族なのは事実かもしれない。だが面と向かって言う事ないだろ
ロゼが反論する。
これは庇われているんだよな?
俺とロゼの関係は数分程度だ。ほとんど初対面で通じる。
それで尚、庇ってくれるって事は、ロゼは良い奴だな。
ちょっとやられたら弱くなるのは事実だろう?
ヘラヘラとした笑みを浮かべる四人組み。
頼む、一言だけ口にしたい。
何、そのマンガにでも出て来そうなあからさまなチンピラキャラ。
笑える以前に、こんな奴実在したんだな。
そもそもこんなリア充みたいな奴等が何を思ってこのゲームに参加したのか。
むしろそっちの方が気になるぞ。
第二都市開放戦で彼女がどれだけ貢献したのか忘れたのか!?
HPが高いのがスピリットの特徴だろう?
それでも彼女がいなければ敗北していたのも事実だ
ロゼと金髪は俺などそっちのけで口論をしている。
前線組も中々大変なんだな。
まあオンラインゲームにおけるお約束みたいなものか。
経験値効率、アイテム、狩場云々で喧嘩になるのは高レベルプレイヤーの方が多いからな。俺も何度か経験があるので心配する程でもない。
ちょんちょんと服の裾を引っ張られたので、振り返ると紡が耳打ちしてきた。
狩場の取り合いで良く争うパーティーの人。構成が似てるから
という事はあっちの四人も盾、魔法、魔法、弓の構成なのか。
典型的な効率パーティーだな。必然的に狩場が近くなるって事か。
それで、何の言い争いをしているんだ?
うん。第二都市の開放で戦う事になったボス戦でスピリットの人のおかげで勝てた様なものなの。多分、その人がいなかったらあの時全滅してたと思う
まあ、彼の言う通りスピリットのHPが高いのは長所だしな
代わりにそいつはエネルギーを相当削られたんだろうな。
しかし、どこかで聞いた様な話だな。
それで、その彼女とやらはいないみたいだけど、どうしたんだ?
うん。一週間とちょっと前位かな。その辺りから一緒にいる所を見ないからパーティー脱退したのかも
一週間とちょっと前か。
俺が丁度海釣りをやめてフィールドに出た頃だな。
硝子じゃね?
確か硝子は都市開放戦に参加したとか言っていた覚えがある。
無論、全くの別人である可能性も捨てきれないが状況は一致する。
外道だとかなんとか言っていたが、所謂効率厨って奴なのだろう。
硝子の戦い方を見るに、敵はモンスターだけじゃなかったのかも。
攻守一体のやや防御よりの武器で衣類系の回避系防具。
敵の攻撃を防ぎ、必要ならば避ける。
なるほど、効率重視殲滅系パーティーだと身の安全を守るのが重要になりそうだ。
まあ勇者様もスピリットなんか入れて吸われない様にしろよ?
そんなのオレ達の勝手だ
じゃあな。おれ等も暇じゃないからな
嫌みを告げると金髪達は元来た道を歩いていった。
暇じゃない割には随分と熱心だった気もするが、まあ良いだろう。
そうだな。奴等に一つ言うならば。
お前等がで助かったよ。俺の大事な仲間と出会う機会を作ってくれてさ
比較的大きな声で言ったつもりだが、彼等は気付かず去っていった。
あれか、難聴属性持ちか。
もしかしたら何かの主人公かもしれないな、あいつ等。
悪い。気分を害したなら謝る
まあネトゲやってれば、ああ言うのにも遭遇するだろうさ
そう言ってもらえると助かる
スピリットが弱いのも事実だしな
実際他の種族と比べて戦闘能力はあまり高くない。
やり方しだいでは他種族を上回れる手段もあるが王道からは外れる。
しかし俺の言葉にロゼは。
オレは違うと思う
そうなのか? 前線組の話なら参考になりそうだな
奴等にも言ったが、スピリットがいなかったら第二都市開放戦で一度負けてたはずなんだ。スピリットは雑魚戦では弱いかもしれねーけど、ボスには強いと思う
言われてみればリザードマンダークナイト戦でマイナス3000状態の闇影のドレインは結構なダメージを出していた。
あのダメージを、ゲームが始まって二週間で出すには他種族では難しいだろう。
更にはHP、というかエネルギーで計算しているので死に難い。
まあこの三週間でエネルギーを稼ぐのがどれだけ大変か知っている俺からすれば、雑魚戦でも程々に稼げていると思うんだ硝子も海はかなり美味しいと言っていたし。
まあ良い。今は他にやるべき事がある。
そんな事よりもディメンションウェーブだろう
そうだったな。絆はこれからどうするんだ?
紡にも会えたし、姉さんと会ったら、知り合いから情報収集だ
硝子達に情報収集と約束している手前、ボーっとしている訳にもいかない。
アルト辺りは今頃どこかを走り回っているはず。
そのアルトから情報を得られれば現状を把握するのも容易い。
後は三日後に何かあると備えた場合、武器と防具も一新しておきたい。
その材料、海に生息するモンスターから得たアイテムが山ほどある。
以前ロミナに解体アイテムを優先的に売ると約束したので、それも果たせるだろう。
考えてもみれば、残り三日じゃ時間がいくらあっても足りないな。
迅速に、慎重に動きたい。
じゃあ俺は俺で調べてみる。ロゼット。紡を妹を頼んだ
お兄ちゃん、なんで彼氏に任せる風に言ったの!?
いや、お前だし
意味がわかんないよ!
ははは、紡は家の火力だし、任されるというより任してるぜ
さすがは戦争の申し子。
俺は紡の廃人っぷりを改めて噛み締めながら行動を開始したのだった。
戦闘準備
俺達の動向とは余所に世界は実にゆっくり時を刻んだ。
無論、三日後に備えて動く俺達にとっては、その緩やかな時間も無駄にはできない。
まず硝子達と合流を果たした俺は、それまでに得た情報を共有し、逐一連絡しながら様々な方面で現状把握に尽力した。
例に挙げられる物では、アルトから特設マップの場所を得たり、ロミナからパーティー全員の武器を作成してもらったり、防具職人を紹介してもらって装備を一新した。
海の装備な影響か青に近い色彩の防具が多く、鳥系も混ざったふわふわな感じも多い。
そして特設マップの調査もした。
他のパーティーなど情報は出尽くしていたが、このゲームは自分の目で見ておく事が重要だ。なので一度四人で調べた。
場所は第一から第二の間。
元は大きな壁のあった場所なのだが、そこがぱっかり開いて道になっていた。
ディメンションウェーブの影響で道が出来たらしい。
そのマップに入ると遠目ながら、黒い次元の裂け目を見る事ができる。
だが、そのマップには現状モンスター一匹存在しない。
その為、そこがどの様な形状をしたマップなのか調べる事は容易だった。
地形は緩やかな段差こそあるが比較的平地。
道は山を二つ挟んだ真ん中、右側、左側と三方向ある。
その三方向はヒビの方角でも道が集約している。
憶測だが、大規模攻防戦になった場合、敵が三方向から来る、と思われる。
逆にプレイヤーが三方向から攻めるというのも無難な線か。
そこが特設マップである理由は他にもある。
まずマップ会話が存在する。
基本的にはチャットを除けば現実と同様、どんなに大きな声を出しても近くの人にしか声は届かない。
だが、ここではその人物がパーティーリーダーであればリーダー同士で会話ができる。
そんな理由もあって現在パーティーの限界人数である10人で組む為にメンバー募集などが第一、第二都市の各所で騒がれている。
ともあれ、各都市を見るに潜在的にディメンションウェーブに参加を決めている奴は相当数いる。特に現在第一、第二では武器防具、アイテムなどの売買が盛んだ。
アルトもロミナも大変そうにしていた。
その中で様々な情報を与えてくれた二人には感謝の言葉が尽きない。
ただ具体的な参加人数が不透明な事を含め、沢山の人が参加する戦場は混迷を極める事が推測できる。
中には作戦だの、計略だの話していた前線組もいたが、人数的に統率は不可能だろう。
というのもマップその物が相当広い。
プレイヤー人口を具体的に把握している訳ではないので迂闊な事は言えないが、1000人位なら簡単に納まってしまう程度には広かった。
故に調査にも限界はある。
こうして紡や姉さんに解体アイテムを譲ったり、アルトやロミナに売ったりする内に二日目が終わっていた。
今日が三日目だが、相変わらず変化なしか
装備などの準備を一応に終えた俺達は特設マップに来ていた。
辺りは大地の表面に絨毯の様な雪が積もり、空と同じ赤い雲が上空にあった。
次元の裂け目の黒いヒビは、この三日間まるで変化がない。
ゲームが始まって一ヶ月目に何かあるとすれば今日なのだが。
もしかしたら、他に何かあるのかも
目に見える物だけが真実ではない場合もあるでござるしな
一理ありますね。ですが、それならば気付く方がおられるのではないですか?
タイトルにもなっている位だから個人クエストって事はないと思うが
半ば次元の裂け目を監視している俺達の緊張は最初こそ厳しかったが、既に何回、何時間とここに来ている影響で、緩くなり始めていた。
常に緊張しろとは言わないが、何も起こらないので仕方がないとも言える。
俺達以外もそれは同じなのか、周囲12、3程、監視役のパーティーがいるが、それ等皆が話ながら警戒に当たっている。
中には眠そうにしている者もいるが、何時間ここにいるんだろうか。
話によるとロゼ達前線組の中には24時間体制で監視している所もあるそうだ。
どこのゲームでも凄いのがいるもんだな。
一応再度確認しとくか
今日で何度目か分からないが装備やアイテムなどの確認は全員で定期的に行なっている。
さて、俺も確認しないと。
ステータス、スキル、アイテムなどを確認していく。
エネルギー/92360。
マナ/7800。
セリン/46780。
スキル/エネルギー生産力Ⅹ。
マナ生産力Ⅶ。
解体マスタリーⅣ。
クレーバーⅢ。
高速解体Ⅲ。
船上戦闘Ⅳ。
エネルギーが一週間前よりも随分と増えた。これも硝子達のおかげだ。
海のモンスターは強いがその分経験値も多い。
最初こそ船上戦闘スキルがなかった事が原因で色々と困ったが慣れればかなり良い狩り場でもあった。
硝子なんて船の上の方が、調子が良くなってきました』なんて言い出す始末だ。
慣れって怖いと思う。
意外と船は掴まる場所などもあるので、多目的な戦闘ができるというかまあそこ等はディメンションウェーブとは関係ないか。
場所的に内陸だしな。
ちなみにスピリット三人組の中で俺のエネルギーが一番少ないのは今更か。
エネルギーに関しては特に闇影が多い。
火力が増して殲滅力が上がり、効率が上がるので文句は言わないが、あいつが使うスキルはドレインオンリーだからな。自然と増えていく。
硝子は元々が前線組なので、基礎代謝が違う。
実情、増えた様に見えて俺が一番低いって感じだ。
まあ俺の使うエネルギーが多くても解体武器だから、そんなに変わらないんだが。
武器は一新こそしたが、今回は勇魚ノ太刀オンリーだ。
作成アイテムの関係か未だに威力では上だったりする。
何より包丁みたいな刃物が多い解体武器の中で一番大きいからな。
乱戦が予想されるディメンションウェーブではこっちの方が良い。
多分、今日だと思うから足りない物があると思ったら、取りに行くんだぞ
さっき行った
自分は三回程行ったでござる!
それは自慢にならないからな
相変わらずの俺達だった。
ちなみに俺は硝子が必要なアイテムの確認を取ってくれて忘れなかった。
硝子はこういう事きっちりしているので一度も戻っていない。
個人的に凄いと思う。
いや、単に俺がアイテム欄に物を入れ過ぎなのかもしれないが。
次の確認だが、この手のイベントは人が密集するから大体はぐれる。はぐれた場合、各自に任せるって感じでいいか?
今更だが作戦でもなんでもないな。
実際、今監視しているパーティーですら結構な人数だ。
ディメンションウェーブというのがどの程度の難易度で設定されているかは不明だが、参加者数的に一方的な敗北って事はありえないだろう。
俺は既に何度目かは知らない準備が完了して黒いヒビへ視線を向ける。
相変わらず変化の無い姿に欠伸すら沸いてくる始末だ。
絆さん。少し気が緩みすぎかと
こうも何もないとな
そうですね。ですが今は耐えるべき時です
硝子は相変わらずだなそういえば
先日、俺は硝子の元パーティーと思わしき人物等に遭遇した。
パーティー構成や装備の充実具合から強いのは確かだろうが、どうにも違和感が残る。
勝手だとは思うが、俺の中で硝子は清く正しい、悪く言えば説教臭い奴だと思っている。
その硝子があの手の輩と意気投合したというのは納得が行かない。
なんというのか、ああ言う輩と遭遇したら説教とか初めそうな気がする。
いや、単純に硝子の前のパーティーが気になってさ
あの方達ですか
硝子の話じゃ、あんまり良い奴等じゃなかったんだろう?
いえ、最初は悪い方ではありませんでした
とてもじゃないが、そんな風には見えなかった。
こう、街のチンピラみたいな雰囲気というか。
前線組と呼ばれ始めた頃からでしょうか、起こす行動が粗野になりはじめたのです
硝子には悪いが、ありがちな感じだな
そうですね。人として当たり前の事に目を向けない彼等に注意する数は日に日に増えて行きまして
ウザがれたと
はい。結局彼等の事を、私の方が先に諦めてしまったんです
それで現在あいつ等は絶賛有頂天状態って感じか。
俺もそうならない様に注意したい。
強くなったり、金が増えたりすると心まで強くなった気がするからな。
そうして誰かに諦められるのは嫌だ。
それじゃあさ、もしも俺が道を誤ったら教えてくれないか?
絆さんがですか? 今まで絆さんは誰かの為に行動していたと思いますが
そう評価されるのは嬉しいが、俺も人間だからな。どこかで間違える事はある
わかりました。今度は必ず正しい道に連れ戻します
脊髄で言ってしまったが、ちょっと後悔気味だ。
硝子ってなんか聖人君子みたいな匂いがするので、あれこれ言われそうな。
前方に変化がある。
黒いヒビ次元の裂け目が鈍く発光している。
既に硝子も気付いていて警戒態勢を取った。
やはり来たか。今日来るとは思っていたが、当たるとは。
うわ!?
俺達よりも前方で陣取っていたパーティーからそんな声が響く。
直後、そのパーティー付近から土煙が上がった。
そして次元ノ骨という名のアンデットモンスター、所謂人型の骸骨が現れた。
多いな
前方に広がる光景
骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨、骨。
土煙から現れる次元ノ骨、そして多過ぎて分からない後続モンスター。
さすがはディメンションウェーブ。多人数参加型イベントって感じだな。
絆さん、一度後退をしてください! 私、闇子さん、しぇりるさんで防ぎますから
おう! あれ? 俺は?
絆はリーダー、報告と援軍要請
そういえば何故か俺がリーダーでしたね!
あれ? 闇影はってもうドレインの詠唱してやがる。
ドレインは中距離スキルなので初発としてはありだがな。
しかしアンデットにドレインって効くのか?
まあいい。
わかった。一度、後退して報告してくる! 無理せずに後退も考えろよ!
二人の声を耳に、後方へ走りながらメニューカーソルからチャットを選択したのだった。
防衛戦
ああ、だからそっちでもイベントが始まった事を伝達してほしい
わかったよ。絆、儲け話になる事を祈っているよ
そっちこそしっかり稼げよ。じゃあ切るな
俺はアルトとのチャットを終了させると硝子達前方を眺める。
既に三人はモンスターと対峙しており、戦いは激化しつつある。
監視していた他パーティーも参戦して、さながら戦場の形相を示している。
援軍は紡、姉さん、アルトと各方面にしてある。
もう少し待てば大軍でやってくる事だろう。
だから突然敵が沸いてんだ! 援軍をくれ!』
こっちもそれどころじゃねぇよ!』
マップチャットは突然の事態に先程からこんな感じだ。
少なくとも罵り合いというか、混乱していて会話できる状況に無い。
だから援軍要請も終わった今、俺は前で戦っている仲間の所へ行くべきだ。
勇魚ノ太刀を握り、走り出す。
動揺するでない!』
マップチャットに響く大きな怒声。
あまりに大きいもので前方へ込めた足の力が緩んでしまった程だ。
その声を聞いた各所のパーティーリーダーは気迫の様な物を感じて沈黙。
こういう所は、やはりVRゲームだと思う。
パソコンのオンラインゲームだと誰かが注意しても会話垂れ流しだからな。
皆援軍を募ったと思う。今より我等が任は彼等が来るまで如何に耐えるかじゃ!』
確かに、言っている事は間違いない。
前方のモンスターを確認する。
とてもじゃないが、現状の味方で人が足りているとは思えない。
これより防衛線を引く、各地のパーティーリーダーは地図上の縦をA~E、横を1~6として場所を示し状況を逐一報告。現状を自軍全体で把握するのじゃ!』
そういえばこのマップの地図表示は縦と横に英文字が振られている。
A
B
C
D
E
1 2 3 4 5 6
これで現在状況を把握するのは確かにありだ。
まずは言いだしっぺでから言おう。Cの3、中央じゃ。小山から敵の大群と敵後方に黒い塔が建造されているのが見える!』
黒い塔、か。
おそらく俺達プレイヤーが破壊しなければいけないモニュメントだろう。
まあ現状、敵が多過ぎて不可能に近いが、援軍さえくれば可能か。
よし! この人の防衛作戦、乗った。
俺は出来得る限りの声を出す為に息を吸い込む。
こちらBの5、右側だ。敵と交戦中! 援軍報告は完了している!』
俺の声を皮切りに随所から現在状況が報告される。
敵は三方向全てに沸いており、各所で戦闘になっているらしい。
現状では援軍が来るまで援軍の出し合いは不可能、このまま耐えるしかない。
援軍も無能ではあるまい。直に来る! それまで耐えるのじゃ!』
そんな声を随時発している。
報告は終わった。当初の予定通り戦線復帰する。
報告なら戦闘中でも可能だしな。
走って進むと戦闘状態になっている闇影が見えた。
あいつは俺達のパーティーの後衛だからな。当然か。
そのまま走りながら喋る。
クレーバー! 援軍が来るまで防衛する事になった。皆、死なない様にしろよ!
スキルを叫んで勇魚ノ太刀を次元ノ骨に当てながら口にする。
厳しい戦況だが、不可能じゃない。
それに周りには俺達以外にも前線組だっている。
簡単には負けないはずだ。
絆さん、範囲攻撃を重点的に使うと良いはずです
あの大軍だしな。まあ俺は個別スキルしかないんだけどさ
解体武器の初級スキル、クレーバーは単体攻撃スキルだ。
幸い骨とは相性が良さそうだがこの大軍が一匹減った所で焼け石に水。
無論、その一匹を倒すのも重要だが。
そうだ。まだ範囲攻撃云々は報告に上がってなかったな。
敵の数が多い。範囲攻撃を中心に置いた方が良い!』
状況から理解している奴も多いだろうが、再三確認するのに越した事はない。
高速解体クレーバー!
二つのスキルを立て続けに使用する。
高速解体は身体が少し軽くなるからな。支援スキルとして使った。
自分達に少しでも有利にさせる為なら、なんでも使う。
少なくとも援軍が来るまでは。
絆さん、スキルの乱発は
敵からの経験値で元は取れる。今は一匹でも多く仕留めるのが先だ!
理に適っています。では私も乱舞二ノ型・広咲!
これが俺達スピリット最大の長所だ。
敵を倒して得られるエネルギーがマイナスになったとしても無限にスキルを使い続ける事ができる。例え一発の威力が種族的に低くても乱発すれば上回る。
次元ノ骨は倒したその場からぞろぞろと行軍してくるが、それでも倒しまくればいい。
弓持ちは撃って撃って、撃ちまくれ!
戦場内の誰かが言った。
あれだけの数だ。撃てば撃っただけ命中する。
後方をチラ見すると弓スキル持ちは徒党を組んでスキルを叫びまくっている。
以前姉さんが言っていた、パーティーでは味方に当たる様な範囲スキルでも俺達を飛び越え矢が大群の中に吸い込まれていく。
骸骨である奴等に突属性攻撃は効き辛いが、それでも効果は確実にある。
現に少し敵の進軍速度が減少した。
攻撃命中による移動速度減少って所だろうか。
彼等に負けていられない。
トグリング
しぇりるも半製造ながら戦っている。
スキルはこの一週間で出た二番目の攻撃スキル、トグリングを使った。
貫通属性であり、本来であれば魚系モンスターと相性の良いスキルだ。
それでも前方向に貫通のあるこのスキルは敵を三匹は貫ける。
自分は必殺忍法で行くでござる!
何が必殺忍法だ。どうせドレインだろ!
違うでござる
闇影と言えばドレインしか使わない事で有名だ。
俺達の中では火力を担っているが、きっと別のパーティーではゴミ扱いされそう。
そんな固定スキル使い。
その闇影が他のスキルを使うのか? エネルギー的に威力は高そうだぞ。
次元ノ骨をなぎ倒しながらワクワクしていると闇影の詠唱が完了する。
サークルドレインでござる!
。
どっちみちドレインじゃねーか!
地面に巨大な円が描かれ黒紫色のエフィクトが次元ノ骨に喰らい付く、そしてドレインと似た様な色の緑の玉普通のドレインより大きい玉が闇影に吸い込まれていった。
しかも微妙に範囲広くて一度に10匹程命中した。
ここ以外で使いそうにない、範囲吸収かよ。
まあいい。闇影のドレインはあれで性能が高いからな。
言いたい事はあるが、今は使いまくれ!
無論でござる!
それでも敵は一向に減らない。
単純にこちらの数が足りていない。
これはどう見ても多人数参加型大規模戦闘。当たり前といえば当たり前か。
ちいっ!
不用意にスキルを使いまくっていたら、隙を突かれて四回攻撃を受けた。
合計470ダメージ。
一発一発のダメージこそ少ないが、これは囲まれたらあっという間に削られる。
絆さん! 乱舞三ノ型・桜花!
助かる! クレーバー!
扇子のスキルは範囲攻撃が多い。
今みたいな大規模戦闘にはうってつけの状況だ。
現に硝子のスキルで敵五匹が一度に倒れた。
今まで使ったエネルギーが回復して、少し上回っている。
だが、それでも攻撃を受けたら意味がない。硝子の援護が入ってどうにか五回目の攻撃を受けずに済んだが、これは厳しい。
絆さん、少し後退しましょう。私達は孤立しかけています
くっ! 了解した
落ち着いて周囲を確認すると硝子の言葉通り、俺達は敵を防ぎ過ぎて孤立している。スキル使い放題なのは長所だが、前と横から一度に攻撃を受けたら防ぎようがない。
俺達は横の敵を攻撃しながら後退を始めた。
劣勢状態
皆の者。援軍がポツポツと来ておる。ここが正念場じゃ!』
あれから俺達は戦線を維持しながら少しずつ後退を重ね結局現在Dの4まで後退してしまっていた。
この辺りは道が狭くなっているので防衛には適しているが厳しい事実は変わらない。
更に敵の種類が増えた。
次元ノ骨。
次元ノ尖兵。
次元ノ弓兵。
これに伴って今まで魔法や弓で一方的に攻撃出来ていた状況が一遍した。
尖兵は槍を持っており、隙が少なく攻撃力が骨より高い。
弓兵は遠距離攻撃なので後衛に攻撃を当ててくる。
実に厳しい状況が続いている。
当然こっちだって一方的に押されている訳ではなく、援軍が少しずつ来ている。
そのおかげもあって戦線崩壊だけはどうにか免れていた。
MPが回復した奴からスキルを使い続けるんだ。特に弓と魔法は回復を重視してくれ!
俺達と同じくずっと防衛しているパーティーのリーダーが叫ぶ。
弓も魔法も範囲攻撃が有効打となるので戦線維持には欠かせない。
若干闇影が空気読めない奴っぽく見られているが、しょうがない。
あれでもドレインにだけスキルを振っている分、ドレインにしては威力が出るんだぞ。
ドレインにしてはな!
しかし、このままでは防衛線が崩壊するのも時間の問題だ。
既に何名か敵軍の餌食にあって死んでしまい復帰ポイントへ強制転移されてしまった。
おそらくDの4は右側最後の砦だ。
ここを落とされれば取り戻すのは容易ではなくなる。
絆さん。決定打を撃たれる前に対策を取りましょう
丁度俺もそれを考えていた所だ。だが、具体的な手段がない
それなら私が敵軍の先端を押し広げます
おいおい、無茶言うなよ
無茶ではありません。スキルの乱発の効く私達なら可能なはずです
確かに現状自軍がMP不足で困っている中、俺達スピリットは種族柄困っていない。
闇影が未だにサークルドレインを唱え続けられるのもスピリット故だろう。
現に今魔法スキル持ちの多くは安全地帯まで後退して回復している。
今回の戦いで気付いたがスピリットは持続力もある。
無論、エネルギーを回復させてくれる存在が自分から突っ込んでくるのも大きい。
言葉を待っている硝子の目を見る。瞳は決意で燃えていた。
硝子ならそう言うんじゃないかって何となく分かっていた自分が嬉しい。
エネルギー全損の可能性もあるんだぞ?
覚悟の上です
わかった。俺も行こう
絆さん?
さっき言った話、追加するな
硝子が間違えたら俺が間違いを正す
呆気に取られた表情をした硝子。
そんなに俺の言葉が意外だったのか、正直微妙な気分だ。
あの大軍に一人で行くとか、どう考えてもイカレテるからな
そうですね。では、共に参りましょう
微笑んだ硝子と共に俺は立ち上がり宣言する。
こちらスピリットペアだ。種族的にスキルを撃ち続ける事ができる。敵軍の先端を押し広げてみる
はぁ!? あんた等死に行くつもりか!
その考えで良い。HPの高い壁程度に考えてくれ!
心配する者の声をバックに勇魚ノ太刀を強く握り締めて走り始める。
現在の俺達を見てスピリットの分際で、と思っている奴も多いだろう。
実際その通りスピリット程度なのかもしれない。
だが、これ程スピリットが活躍できる場面はそうあるまい。
今は自分にできる事をするのみだ。
硝子。扇子はある程度チャージが必要だろう。こっちでも何とか時間を稼ぐ。スキルを連打すれば多少は行けるだろう。硝子は相手を沢山巻き込める様にスキルを使うんだ
わかりました。ある程度のダメージは覚悟を持っていきましょう!
おう! 高速解体
あれだけ数がいるんだ。今までみたいに掠り傷で済むとは思っていない。
何より弓兵がいるのだから遠距離攻撃も数えられない数飛んでくる。
それでも俺達はスピリット。
HPの高さとスキル乱発だけは誰にも負けない。
接触します。乱舞三ノ型・桜花! 充填!
待機中ずっとチャージしていた扇子スキルが敵を一閃した。
大凡10匹程の敵が崩れ、屍を乗り越える様に敵が現れる。
クレーバー! クレーバー! クレーバー!
立て続けにクレーバーを使い、赤エフィクトが途切れる事なく敵をなぎ倒す。
クレーバーは元々骨などと相性が良いのが今回に限り良い方向に転んだ。
連続でスキルを使わないと敵を倒せない程度のダメージだが効いている。
クレーバー! クレーバー! クレーバー! クレーバー!
回転するかの様にスキルに掛かる遠心力を加速させる。
隙を、物理ディレイを1秒でも多く減らす。
乱舞二ノ型・広咲! 充填!
当てる事を重視しているのか硝子は最低チャージ時間で攻撃を当てる。
無論チャージ時間の関係か一度では倒れない。
その敵にそのまま攻撃を繰り出し、仕留めていく。
一撃で倒せないなら攻撃を繰り返せば良いだけって奴か。
絆殿! サークルドレイン!
闇影の援護が飛んでくる。
敵軍の足元に円が浮かび、ドレインを命中させる。
既に弓や魔法でダメージが入っていたのか何匹か倒れた。
その後方には未だ敵がうじゃうじゃいるが、一瞬でも動きが鈍れば良い。
再度クレーバーを使う直後、俺の狙った敵にしぇりるが攻撃する。
闇影のドレインを受けていた影響か串刺しにした三匹同時に倒れた。
闇子さん、しぇりるさん
お前等な~
わたしだけ仲間ハズレはダメ
無表情の代わりに胸にあるマリンブルーの宝石が煌いた。
お前少年マンガのライバルキャラかっつーの。
若干死亡フラグ立っている気もする。
だがこの四人なら、もしかしたら。
本当にやばくなったら後退するんだからな! クレーバー!
わかってる。フルハープン
剣戟、矢、魔法が飛び交う戦場の中、俺達四人は孤立している。
効率で考えれば、何やっているんだろう、とも思う。
それでもパーティー四人で何かをしている事が楽しいと思った。
ディメンションウェーブとかいう邪魔が入ったから断念しているが、俺達なら海を越えられる。純粋にそう断言できる。
ゲームとはいえ、こんな大群相手にやってくる大馬鹿共なのだから。
退路、敵で埋まったでござる!
くそっ! 言った傍から後退不可かよ
振り返ると、俺達に円を描く形で囲まれている。
敵行軍を遅らせる事はできているがこちらの退路が絶たれた。
四面楚歌でござるな
そういうお前は、なんで俺達の傍にいるんだよ
自分、絆殿の影でござる故
そういえばそんな設定あったな
設定とは酷いでござる!
そんな設定でも嬉しいと思うのだから俺も単純だな。
口にすると調子に乗りそうなので言わないが。
さて、賭けでもしようぜ
敵へ攻撃を繰り返しながら会話する。
丁度硝子と背中を預ける状態で戦っている。
まるで何かの戦記モノみたいで燃える。
絶対今、変な脳汁出ているよな。エンドルフィン的な奴。
賭けですか?
そうだ。俺達がどれ位持つかの賭けだ
それじゃあ賭けにならない
然様でござるな
全員生き残りかよ
全額
全額でござる
なるほど、そういう意味ですか。では私も全額で
じゃあ俺だけ全員死ぬにいちなんでもありません、全額賭けます
冗談の通じない奴等だ。一瞬視線だけで殺されるかと思った。
こいつ等はほんの一ヶ月で殺気でも放てる様になったんじゃないか?
いや、ゲーム的な殺気だが。
にしても普段アレだけボケておきながら俺のボケは封殺とか。
まあ空気読めない自覚はあるけどさ。
じゃあ、エネルギーをこいつ等に奪われるのは癪だ。全部ぶつける勢いで行くか
エネルギー全損は痛いが戦闘自体が面白いのでよしとしよう。
効率だけで語れない事だってゲームには沢山ある。
計算式は超えていないからスキルは無くならないしな。
決意して突撃しようと思った直後。
すっごーい! あたしもスピリットにすればよかったな~
そんな声が響いた。
しかも、とても聞き慣れた声だ。
紡?
敵を飛び越えるかの様にやってくる我が妹。
ゲーム内ネーム、紡†エクシード。
その姿は漆黒のミドルアーマーにサークレットの様な兜からはみ出るケモノ耳。
そして巨大な鎌。
大鎌って奴か。
確か、長所は
遅れてごめんね、絆お兄ちゃん! これからこっちの反撃だよ! 死(デス)の舞踏(ステップ)!
スキル発動と共に四連続の斬戟が響く。
それと同時に敵が何十匹と崩れた。
長所は高威力物理範囲攻撃。
賭け、全額賭けといて正解だったな。
海水が足りない。
反転攻勢
紡援軍の到着によって戦況は一気に引っ繰り返っていた。
元々の戦力不足が解消されたのが大きい。
人気のある魔法や弓スキル持ちが多く、普段は使えない範囲攻撃を重点的に使えるのは、ある種お祭り状態にも近い。
敵の種類がまた増えたぞ!』
それで尚、支配権を完全には奪っていない所を見るに難易度は絶妙と言える。
異論はあると思うが、俺は対戦ゲームなんかで自分と敵が同じ位の接戦が一番燃える。
どちらかが一方的に敵を蹂躙するのはやるのも、やられるのもつまらない。
そういう意味では、この難易度は丁度良いと思った。
さながら攻防戦とでも表現したくなる位、自軍と敵軍の状態は拮抗していた。
はぐれたな
しかし援軍の到着によって同時に戦場は混迷を極めていた。
金属の剣戟が響き、矢の風斬り音が止め処なく流れ、魔法による爆発が逐一起こる。
人々の怒声と断末魔、そして押せよ押せよと攻め続ける足音。
そんな様々な物が入り混じった場所で、はぐれてしまうのは予想できていた。
予想通りとはいえ今頃硝子達は何しているやらおそらくは戦っているんだろうけど。
こちらAの6! 中央から塔に接近した!』
上がる歓声に右側である俺達の侵攻も強くなり敵を打ち破っていく。
現在Bの5にある十字路、集約地点に到着して、我先と禍々しい黒い塔に急いでいる。
その道に残るは骨の残骸、後から追加で沸いてきた次元ノ獣や次元ノ甲虫といったモンスターの死体ばかりだ。
塔を仰ぎ見る。
まるで砂糖に群がる蟻の如くとでも表現するか。
仮にあの塔を破壊すればプレイヤー側の勝利と言うなら俺の戦いはここで終わりだろう。
突然敵軍が沸いた時はどうしたものかと慌てたが、もう勝った様なものだ。
適当に帰る準備でもして、明日は船旅と行けばいい。
エネルギーが徐々に増えている所から推測すると、どこかで硝子達がまだ戦っているのだろう。
もう塔破壊か、予想より早いな?
何度目か分からないので、それ程驚きは少なかったが黒い塔が崩れると同時に黒紫色の禍々しい粒子が塔を中心に出現して爆発した。
塔の辺り群がっていたプレイヤーは直接爆裂を受けた所為かダメージによって死んだ者までいる。土煙が上がって良く見えないが、ボスモンスターでも出現するのだろう。
こちらAの6! 塔が爆発して、中からモンスターがうわああ!』
マップ会話に断末魔が響く。
来たか、予想通りというか、王道だけど中々に燃える展開だ。
腕? 何かの腕が裂け目から出てくる』
土煙が飛散して現れたのは黒い体毛と鋭い爪の付いたモンスターの大きな片腕が振られる。その攻撃進路にいた何名かが吹き飛び、防御をできなかった者から倒れていく。
リザードマンダークナイトよりは確実に強そうだな。
まあ比べるのも失礼だと思うが。
しかしあんなガチガチな防御装備の奴が死ぬとか。
俺が攻撃を受けたら何ダメージ受けるんだろうか。
軽く見積もって3000か、あるいは5000か。
少なくともそれ位は受けそうな気がする。
出現に制限時間でもあるのだろう。次元の穴をバチバチと電気みたいな音を発ててこじ開けようとしているのが見えた。
至近距離では分が悪い! 遠距離攻撃を当てるのじゃ!』
既にそれは実践されており、矢や魔法が一斉射撃と言わんばかりに放たれている。
やらなければならないが、ダメージは低そうだ。
お、前衛が後衛の攻撃に任せて撤退する中、何人かが攻撃を止めずに続けている。
やると思った
硝子と紡がその中に含まれていた。
どちらかと言えば硝子の扇子は範囲攻撃で攻撃力はそこまで高くない。
ただし武器単体のウェイトは全体でも1、2を競う程軽く設定されている。
その為、回避に重点を置いた衣服系と最大にマッチした装備だ。
そんな長所を最大限に活かして腕の攻撃を飛んだり跳ねたりしながら回避していく。
もう片方紡の大鎌もまた範囲攻撃だ。
詳しくはまた聞きでしかないが、通常攻撃も範囲攻撃に属しており、敵が沢山沸く場所での乱獲狩りなどと非常に相性が良いと聞いた事がある。
逆に単体へのダメージは他の武器に劣り、武器が重いのでスピードが落ちる。
そして最大の短所としてスキル一発に消費するMPが非常に高い事。
だから燃費が悪い武器だと聞いた。
この流れだと俺もあっち行かなきゃダメなんだろうな
目立つ硝子の和服は闇影としぇりるを引き寄せるだろう。
そんな中俺だけはぐれたフリをしていたら後でなんて言われるか分かったものじゃない。
しょうがない、あそこに行くか!
俺は弓を構えている後衛達を余所に最前線へ急ぐ。
いや、待て。
あいつに近付くなら何か対策が必要だ。
悔しいが俺には硝子や紡の様なプレイヤースキルは無い。
なにかしろの手段がなければ手伝い所か、邪魔をしてしまうだろう。
何か、何かないか。
エネルギー/67720。
マナ/8100。
未取得スキル/エネルギー生産ⅩⅠ、マナ生産力Ⅷ、フィッシングマスタリーⅤ、ヘイト&ルアーⅠ、舵マスタリーⅠ、夜目Ⅰ、都市歩行術Ⅰ。
ヘイト&ルアーⅠ。
釣竿を使った初級補助攻撃スキル。
ルアーや釣り針に魚やモンスターのヘイトを上昇させる効果を付与した攻撃を打ち出す。
取得に必要なマナ100。
取得条件、釣竿によるモンスターの討伐数が一匹を超える。
ランクアップ条件、釣竿によるモンスターの討伐数が十匹を超える。
なんだ、このスキル。
というかいつ俺が釣竿でモンスターを倒した。
海での一週間、度々釣りをしていたのは事実だが、まるで記憶にない。
しかしヘイトね。
敵からの攻撃を自身に集中させるって効果だったか。
釣竿は攻撃に使った場合遠距離攻撃扱いになるので相性は良いのか?
いや、俺は衣服系の防具だから普通に相性が悪いぞ。
魚に効くという事は釣りで釣れる確率が上がるとかだろうか。今度実験しよう。
何に使うか分からないが釣りスキルであるなら取得しておこう。
って、今はあの腕だろ!
なんていうか俺、釣り好き過ぎだろう。
少し自重しようと心の底から思った。
ごめん! 止められない!
紡のそんな声が聞こえて顔をあげる。ステータス画面から視線を敵に戻すと次元の穴がぱっかりと開いて腕から先が現れ始めていた。
全長プレイヤー五人分にも匹敵する巨体は漆黒の体毛が生え、ギロリと光る深紅の眼。
そして一番の特徴は頭が三つある事だ。
ケルベロス?
マンガなどで見た事のある犬地獄の門番』だったか。
そんな感じの巨大な三頭獣が現れた。
三つの頭の一つがこちらに向かって黒い火を吐いてきた。
俺が直接狙われていた訳ではないのでギリギリの所で避けられたが、振り返ると弓部隊が半壊していた。
ゲーム的には第二形態とでも表現すればいいのか。
ああいう、攻撃パターンが変化するタイプ、ゲームでは良くいるよな。
そんな中でも硝子と紡は、ケルベロスの腕や口を避けながら攻撃している。
今、振るわれたケルベロスの腕を足場にジャンプしたが、どうやってやるんだ?
ゲームとはいえ人間離れし過ぎだろう。
皆の者、悪いが凶報じゃ。ボスの出現と同時に死に戻りができなくなった』
その言葉を聞いて背後に振り返る。
見ると特設マップの入り口が黒いエフィクトを伴っていた。
以降は死んだら戻ってくれないって事か。
まあスピリットは死んだら戻るとか戻らないとか以前の問題だが。
だが、他種族にとって復帰不可は痛い。
何より敵の攻撃力は異常に高い。
全身鎧の重装甲装備の盾持ちがどうにか防げる程の敵だ。
現在、硝子や紡、他数名がケルベロスに取り付いて攻撃しているが、それが不可能な奴等は包囲網を張って矢と魔法を放っている。
あの黒い炎は盾持ちが味方を庇う事で戦況を維持している。
お前等、矢と魔法の準備ができた。一度退避してくれ!
乱舞一ノ型・連撃! こちらで避けます。そのまま撃ってください!
だよ~!
雨みたいに飛んでくる矢と魔法を避けるってお前等は何者だよ。
いや、それ位できないと廃プレイヤーとはいえないのか?
そういえば紡の奴、以前外国産のFPSで視認もせずにスナイパーライフルをヘッドショットさせていたな。
それと同じく空間把握能力でもあるのかもしれない。
生憎と俺はそこまで極めていないが。
避け切れないと思ったプレイヤーが退避を始め、硝子と紡だけがケルベロスに張り付いたまま攻撃を繰り返していた。
実際、誰かがケルベロスの注意を引いていないといけないのか。
そんな中、硝子達は本当に矢と魔法を左右上下、ケルベロスを盾にして回避。
思ったんだが、硝子が俺達と海で戦っているのは場違いなんじゃなかろうか。
そうした攻防が五分程続きケルベロスの腕が紡に振り下ろされる。
当然紙一重で避けるのだろう、そう俺が確信した直後。
紡が、ジャンプに失敗した。
あMP切れ
一言そう呟き、ケルベロスの腕が隙を晒した紡に
紡には振り下ろされなかった。
前々から思っていたんだが、俺ってまさかシスコン?
ジャンプに失敗した直後には俺の身体は動いていた。
勇魚ノ太刀を使って防御体勢で受け止め、後方に吹き飛ぶ。
ケルベロスの凶腕から妹を救う、と行きたかったが生憎と俺の腕前では壁になる事位しか出来なかった。
ヘイトアタック
痛ったった一発受けただけで5000ってなんだよ!
防御体勢で受け止めたケルベロスの攻撃は俺が衣服系防具である事を含めても高過ぎた。
そのダメージの高さから実際に痛い訳でもないのに表情を歪めてしまった程だ。
にしても約5000ダメージか。
他のオンラインゲームでも大規模イベントのボスは総じて攻撃力が高いもんだが、これはプレイヤーキルをしてボスの強さとディメンションウェーブを印象付けるのが目的か。
ともあれ、ここまで大きなダメージを与えて来て、尚且つ死に戻り不可となると、こいつで最後だな。
そう決断付けた所でケルベロスに向き直る。
このままここにいると危険だ。既にケルベロスが再度攻撃する動作を取っている。
紡! MPが切れたなら一度下がるぞ!
う、うん!
硝子、悪いがしばらく頼む!
わかりました! 絆さん
かっこよかったですよ
ほっとけ
戦線から一度撤退しながら呟く。
いや、まあ自分でも上手くいった自覚はあるけどさ。
女の子にかっこいいとか言われるのは恥ずかしいじゃないか。
お兄ちゃん
味方盾持ちより後方に移動すると紡が俺に話しかけてきた。
重い大鎌とミドルアーマーの割に避けていたのかダメージは無さそうだ。
どうしてあたしを助けてくれたの?
紡が戦力として必要ていうのは建前か
だね
俺がお前の兄貴だからじゃないか?
多分、他の奴だったら仲間3人は除く身代わりにはならなかっただろう。
誰も彼も助けるお人好しじゃないからな、俺は。
でも、スピリットは
何気にしてるんだよ。5000程度、あってないようないや、そうでもないけど経験値的には結構違う!
最後までかっこよく決めようと思ったが計算してみると結構厳しい。
だけどゲームって、そういうんじゃないだろ。
効率だけじゃないっていうか、無駄に溜り場で会話に花を咲かせて、狩りもせず一夜を明かした虚無感みたいのはあるけど、それが無駄とは言いたくないというか。
なんというのか、俺がスピリットだからこそ死なせたくなかったというか。
そう! スピリットは仲間を決して犠牲にしない!
エネルギーを失った時の痛みを知っているからこそ誰かを犠牲にしたりしない。
その時できる最善を模索して、現状を打破する。
それが俺達スピリットだ!
結構ノリで口にした言葉だが、良いんじゃないか?
絆殿
っげ
自分に言い訳していたら、いつの間にか闇影が近くに来ていた。
きっと先程の光景を目撃したのだろう。
つまり、今咄嗟に口にした言葉も聞かれたという事に。
やべぇ。凄い恥ずかしい。
絆殿自分、絆殿のお言葉にとても感銘を受けたでござる!
は? はぁ
疑問系の声をつい二度も洩らしてしまった。
というか一瞬、こいつが何を言っているのか分からなかった。
絆殿がお気持ちを見せた以上、自分も返す所存でござる
それで?
妹君を一度我等がパーティーに入れる事はできぬでござるか?
パーティー? 何か支援スキルでも使うのか?
支援スキルの中には対象が自分だけ、無差別、パーティーメンバーのみ、と様々な種類がある。俺が使っている高速解体などは自分にしか掛けられないタイプだ。
紡、できるか?
うん。できると思う
じゃあロゼもこの戦場にいるだろう。リーダー会話で一報入れとく
現状一匹のモンスターに対して数え切れない人数が集中している。
この中からロゼを見つけ出すのは不可能だが、リーダー会話を使えば可能だ。
戦場内にいるロゼットに告げる! 紡を借りるぞ!』
大きな声で叫ぶと現状報告の誰かが返事をした。
おそらくロゼで間違いないだろう。
直に俺はカーソルメニューからパーティーの項目を表示させて、紡にパーティーを要請した。
紡†エクシードさんをパーティーに招待しました。
闇影、言われた通りパーティーにいれたぞ
では、先程取得したスキルを使うでござる
そう言うと闇影はいつもの様にスキルを詠唱する。
ドレインと比べると詠唱時間は短く、直に完了した。
エネルギーコンバーターでござる!
スキルを叫ぶと闇影から青白い魂の様な物が紡に吸い込まれる。
正直、闇影がドレイン以外のスキルを使っている事に違和感を覚えつつ、紡が不思議そうな表情で闇影を眺めた。
MP回復?
スピリット固有スキルでござる。自身のエネルギーをパーティーメンバーに転移させる事ができるのでござる
スピリット以外ならHPとMP回復って事か
その通りでござる
中々に便利なスキルだ。
しかし闇影だけ何故、そのスピリット固有スキルとやらが取得できたのか。
スキル構成談義などでも硝子達から、そう言ったスキル名を聞いた事がないので、習得条件が相当厳しい可能性がある。
そのスキル、習得条件なんだ?
総獲得エネルギー量が100万を超えるでござる
総獲得エネルギーという事はゲームが始まってから手に入れたエネルギーの事だろう。
そのエネルギー量が100万を超える。
条件としては比較的に緩い。
時間と共にエネルギーが増えるスピリットなら最終的には項目が出現する。
スピリット専用という分類でいえば元素変換に近いスキル、だろうな。
だが、ゲームが始まって一ヶ月で100万となると相当難しいはずだ。
しかしながら闇影は俺達と出会うまでの二週間マイナス3000のドレインでプラスにするという日々を送っていたはず。
以降も常にドレインを使っていた事から習得できた、という事か。
だけど良いのか? 消費量は知らないが
自分、絆殿の言葉に感銘を受けた故、問題ないでござる。それに今までエネルギーを必要以上にもらっていたでござる。多少放出する事に躊躇いはないでござる
わかった。頼む
闇影はもう一度エネルギーコンバーターを詠唱する。
紡のMPを聞くに五回の使用が必要だそうだ。
これで紡の戦線復帰は相当早くなったはず。
当の紡は三回受けた辺りで復帰を申し出る。
もう大丈夫だから行くね!
了解でござる。中距離からも可能でざる故、スキルを使いまくるでござる!
わかったよ。ありがとう、忍者ちゃん!
そう言って笑顔を見せると紡はケルベロスの元へ飛んでいった。
ケルベロスの方向で硝子が紡の空けた部分を一人で補っている。
簡易的に攻撃パターンを分析するに、ケルベロスは三つの頭それぞれにAIが搭載されている。その証拠に攻撃が頭毎にターゲットを変えている。
確定はできないが、遠距離攻撃に対して反応するタイプが炎を吐く奴。
硝子が炎を吐きそうになったら顔へ打撃を与えるので炎の発射がズレる。
その直後、ケルベロスの右腕が硝子を襲う。
硝子は攻撃を避けず、右腕を真剣に見据え。
乱舞四ノ型・白羽返し!
攻撃を扇子で受け止め、スキルの発動と同時に強烈な一撃がケルベロスに命中した。
カウンタースキルって奴か。
対戦ゲームなんかで度々見られる、敵の攻撃を受け止めるのが発動条件となる技。
相手の攻撃を先読みしなければならないので扱うのは難しいが威力が高い。
あのスキルがどの程度の威力かは知らないが、多分強いだろう。
ソウルサイス!
そこに紡も参戦してケルベロスに攻撃を与える。
紡の攻撃は頭三つを同時に攻撃した。
ダメージ判定が複数?
目算だが顔三つと身体って所か。もしかしたら腕なども入るかもしれない。
くそっ! ボスの攻撃が一定しない! このままじゃ瓦解するぞ!
盾役の誰かが叫んだ。
確かに参戦したばかりの紡を狙ったと思ったら、硝子にも攻撃が振るわれる。
そして定期的に自軍に飛んでくる炎や尻尾攻撃。
ボスのAIとしては正しいが、攻撃が一人に集中しないのは火力を担う弓や魔法スキル持ちには厳しい。
弓はライトアーマー、魔法はローブ系という制限を受けるからな。どうして防御力という面で厳しくなる。特に今はケルベロスの攻撃を受けたら致命傷だ。
あの頭のうち、一頭でも狙いを釘付けにできればあるじゃないか!
あの火を吐く頭のヘイトを稼いでみる!
俺はアイテム欄に武器を仕舞うと人面樹の竿を取り出して叫んだ。
ぶっちゃけ、この戦場には似合わない平和な装備だよな。
弓部隊、盾部隊を超えると眼前では硝子と紡がアクロバットを繰り広げている。
遠くで見ていてもアレだが、近くだともはや曲芸だな。
プレイヤースキル一つでここまで違うとは。
火を吐くのは真ん中だったな
俺を狙ってくる奴は一頭もいないのにケルベロスの動きが激しくて狙いが定まらない。
ともかく当てるだけ当ててみるか!
ヘイト&ルアー!
青色の発光を伴った錘がコツンとケルベロスの頭に命中する。
すると僅かだがこっちを向いたが直に弓部隊へ向き直る。
効果が無い訳じゃないなら、当てまくればいいか。
×3発撃った。
ヘイトは蓄積型で、遠距離からの攻撃に反応する真ん中の頭は徐々に俺へ向ける時間が長くなってきた。
うわっ! 炎を吐き出そうとしてやがる。
弓部隊とは反対の方向へ頭を誘導する為、横にステップする。
炎にカスって当った。1500ダメージ。
硝子達の様に避けられれば良いんだが、俺にあんなアクロバットはできない。
だが、成果も大きい。
弓部隊&魔法部隊さえ無事なら勝機はまだある。
よし、もう一発ヘイト&ルアーだ。
スキルを使うと、左腕に当った。
やべ、ケルベロスの左腕が俺に迫る。
ファストシールド!
ロゼ、か
俺を庇う形でロゼが盾スキルを使用していた。
無論、無傷とはいかないが健在な所を見るに盾スキルの効果は期待できるっぽい。
絆、あいつの攻撃はオレ達が防ぐ。このままヘイトを稼いでくれ。攻撃が絆に集中すれば近接攻撃もできる
近くにはミドルアーマーを着込んだ両手斧や両手剣といった攻撃力の高い武器を持つプレイヤー達。確かに硝子達みたいなアクロバットを全てのプレイヤーに求めるのは酷ってもんだよな。
ちなみにヘイトアップ系のスキルは近距離攻撃に多いらしい。
当たり前だよな。後衛に攻撃が集中して良い訳がないし。
だからヘイト&ルアーみたいな遠距離属性の付いたスキルは少ないそうだ。
代わりにダメージはゴミだが。
多分だがこのスキル、本来の用途は魚を呼び寄せるスキルだ。
まあ特殊な環境とはいえ、今この瞬間役に立つので良いとしよう。
わかった! 高威力スキルでささっと、あのデカブツを倒してくれよ!
任された。行くぞ!
矢が刺さり、魔法が焦がし、武具が穿つ。
今正にディメンションウェーブは終結を迎えようとしていた。
ディメンションウェーブ-終結-
!?
誰の攻撃で仕留めたかは不明だが、引き裂く様な咆哮と共にケルベロスは倒れた。
同時に白いフラッシュが起こり、その場にいる誰もが次の攻撃に身構えた。
閃光が晴れ、やがて瞳に映った光景は青い空と白い雲元に戻った空間だった。
そしてどこからか白い花びらが吹き荒れる。
周りを眺めると辺りは花畑で、様々な花が咲き乱れていた。
よっしゃー!
気持ちの高ぶった誰かが言葉を紡ぐ。
それに釣られて勝鬨(かちどき)を上げ始める人々。
おつかれー
お疲れ様~
おつです
乙
オンラインゲームにお決まりの勝利後セリフをバックミュージックにしながら俺は花畑を絨毯にして腰を下ろしていた。
この身体絆†エクシードは疲労を感じないが、精神的に疲れた。
ヘイトを稼ぐという直前の緊張が途切れたのも大きい。
スピリットにとってダメージを受けるのは強いストレスになるからな。
ディメンションウェーブ第一波討伐!
システムウィンドウが強制的に表示されて、そう描かれている。
その中にはディメンションウェーブで如何に貢献したが順位になって表示されている。
えっと、俺の総合順位は。
総合順位77位、絆†エクシード。
77位か。
このプレイヤー群の中で77位なのは行った方か。
他にも様々なランキングが表示されていて、ベスト五位までは調べなくても名前が載っている。
合計ダメージ1位、紡†エクシード。
さすがは我が妹。
大鎌の範囲攻撃と大群だったので相性が良かったのが理由か。
おお、物資支援なんかも評価に入るのか。
1~10位までにアルトとロミナの名前があった。
何だかんだであいつ等もディメンションウェーブに貢献していたんだな。
中には一月生活ランキングなどという項目もある。これはおそらく設定された基準から算出された日々の生活を謳歌しているか、といった所か。
料理や家を作ったりするのがこれに入ると思う。
俺は542位だった。
うわ、8万もダメージ受けている奴がいる!
被ダメージキングの項目で2位を大きく上回って1位を取っている奴がいる。
被ダメージキング一位、絆†エクシード。
俺じゃねーか!
頭を垂れて、地面に両手を付いたポーズを取りたくなるつーの!
あれ、良く見ると衣服が外れてインナーになっている。
エネルギー/19550。
まあ、こんな感じだからな。
装備に必要なレベルじゃなくてエネルギーを下回ったって事か
そもそもこのゲーム装備レベルとかあったのか、知らなかった。
つまり装備に必要なエネルギーを満たせず強制的に解除されたって所か。
しょうがないのでアイテム欄から以前使っていた装備を取り出して着る。
エネルギー不足で強制的に外れた防具はいつのまにかアイテム欄に納まっていた。
そんな感じで順位などをスクロールしているとランキング以外にも項目がある。
追加スキル及び、アイテムの実装。
他、新技術という表現で道具や既存の特化武器と派生武器などの説明がある。
身近な物で大鎌が戦鎌に特化。片手剣なら派生に双剣。両手剣なら派生に刀。
みたいな感じで今まで以上に武器系統に差が出る形となっている。
所謂ゲーム的に追加パッチといった所か。
次のディメンションウェーブで確認しないと判断できないが、多分ディメンションウェーブをクリアする度に追加アイテムやスキルといったパッチが当てられるのかもしれない。
お、釣竿の項目にリールの実装と書いてある。
これは後で絶対手に入れなくては。
そんな感じで追加項目をスクロールしていく。
種族の能力解放?
説明を流し見ていると種族の項目があったので目を止める。
他の種族は後から調べるとしてまずはスピリットからだ。
媒介石の実装。
魂を現身に維持させる為の依り代となる結晶石。
という触れ込みで、付け替えの可能なスピリット専用装備、らしい。
効果は媒介石によって様々で、エネルギー生産時間を短縮させる物やスキルによるエネルギー使用量を減少させるもの、シールドエネルギーなどが簡易的に書かれている。
そして最後にディメンションウェーブ貢献度に応じてアイテムが送られるそうだ。
総合順位から計算されて1~5位、6~100位、101~1000位、1001~5000位、それ以降で報酬が変わるらしい。
一応俺は77位、多少は良い物が出る事を期待しよう。
報酬を受け取りますか? と選択肢があったのではい』を押す。
押すとルーレット、数字や果物などの絵柄が回る。
人魂のマークが横一列に並んだ。
エネルギーブレイド獲得。
おお、これはスピリット的に期待できるんじゃなかろうか。
何故か普段は表示されないアイテム説明が映し出される。
エネルギーブレイド。
武器系統、なし。
攻撃力0。
装備条件、魂人。
装備に必要なエネルギー2以上。
任意でエネルギーを振り込む事で攻撃力を増加させ、一振りに限りダメージを与える。
注意、一度振ると命中の有無に関わらずエネルギーカウントは0に戻ります。
剣身の付いていない柄だけの剣だ。
昔のアニメや映画にこんな感じの武器があったな。
いざという時に力を発揮する選ばれた者が使う光の剣。
イメージ的にかっこいいが効果的にはどうだろう。
個人的には、良いような悪いような、微妙な武器だ。
スピリット専用装備なんだろうが、使い道に悩みそうな武器だと思う。
少なくとも、現状は使わないだろう。
まあそのうち使うかもしれないし、丁重に保存しておくか。
絆さん
エネルギーブレイドをアイテム欄に仕舞った所で硝子がやってきた。そんな硝子にお決まりの言葉であるおつかれ』と一言呟くと硝子も同様に返してきた。
しかし当の硝子はディメンションウェーブ討伐が完了したというのに浮かない顔をしている。
心配になって立ち上がりながら訊ねる。
いえ、今回私が無茶ばかりをした所為で絆さんに多大な被害を与えてしまって
なんだ、そんな事か。気にするなよ。ゲームは楽しんだ奴が一番って大昔から決まっているんだからさ
ですが
硝子の心配している事は俺の総エネルギーの事だろう。
劣勢の時に大群から受けた攻撃、紡を守って受けたダメージ、ヘイトを受け持って受けた致命傷。どれを取ってもエネルギーを失うに等しい攻撃だったからな。例え全て俺が選んだ事で受けた物でも間接的に自分が関わっている事が心残りなのだろう。
だけど俺は知っている。
ケルベロスからの攻撃を何度もあのカウンタースキルで防いでくれた事。
無論チャージの必要な扇子では連続の使用はシステム的に不可能だ。
それでも、あの接戦の中にいて俺に意識を向けてくれた事が嬉しかった。
ともかく海だよ、海! でもエネルギー的に厳しいか。そもそも現状じゃあ寄生になりそうだな
そんな事はありません。私は絆さんをあの先へ至るお手伝いをしますからいえ、したいんです
それは助かる。硝子は頼りになるからな。今回はそれが凄く分かった
ケルベロスに行なったアクロバットを忘れていない。
そもそも紡と同レベルのプレイヤースキルを持っていた事に驚きだ。
もしも前線組に復帰したいとか言い出したら、というかゲーム的にはそっちの方が世界に与える影響は良いんだろうけど、生憎と硝子はこういう性格だからな、きっと俺達と一緒に居てくれる。
そんな硝子に前線組に復帰するか? という質問は無粋だろう。
ともかく今日は疲れた。第一に帰ってゆっくり休もうぜ
硝子は人差し指を口元に当てて静かに』のポーズを取る。
そして視線だけをケルベロスの死体に向けた。
なるほど解体か。
ロゼ達に話そうと思ったが色々あって解体武器の効果を話していない。
何よりもあの時の俺は平然を装ってこそいたが少し機嫌が悪かった。
仲間を貶されたのだから当然だろう?
ケルベロスの向こう、プレイヤー達にも目を向ける。
既にイベントが終了したので帰還を始めているプレイヤーは多い。
節約をする者は徒歩だが、前線組ともなると帰路ノ写本を惜しげもなく使っている。
中にはこれから更にモンスター狩りに行くと発言している猛者までいた。
これだけのプレイヤーが一挙にいる場所で解体作業を行なえば当然バレるだろう。
仮に隠し続けるとすれば、安易に解体作業は行なえない。
少しゆっくりしませんか? こんなに綺麗な場所なのですから
ゲーム製作者も粋な事をしてくれると思う。
ディメンションウェーブを討伐したら辺り一面幻想的な花畑だもんな。
せっかくの現実と卒の無い下手をすると現実よりも綺麗なのだから堪能するに越した事はない。まあ先程まで戦っていた凶悪なモンスターの死骸が視界にあるのはシュール過ぎて逆に笑えないが。
絆殿!
闇影か、おつかれ
おつかれでござる。それより聞いて欲しいでござる
おう、何か良い事でもあったか?
自分、スピリットランキングで一位になったでござる!
ああ、またの名をエネルギー量ランキングか
総獲得エネルギー量が100万の闇影なら確かに一位を取れそうだな。
今回の戦いも常にサークルドレインを使っていただけに無難な線か。
そういえばしぇりるはどうした?
さっきからいる
うわっ! ビックリさせるな
いきなり背後から声がしたので驚いた。
潜伏スキル持ちでもないのに存在感を消せるとは中々やるな。
いや、単に俺が連戦で疲れていて注意力散漫になっていたのが原因だが。
終盤、闇影よりも空気だった気もするしぇりるだが、ボス戦闘の邪魔にならない様に雑魚モンスター討伐をしていたらしい。
地味な作業だが、結構重要な役回りだ。
なんていうか、細かい所に気が回るしぇりるっぽいと納得してしまった。
しぇりるは鳥系モンスターが逃げ出したりすると、しっかり追い討ちを掛けるからな。そういう先を読む技術は素直に参考としたい。
ともあれパーティーメンバーが全員揃った。
まあお前等なら分かると思うがアレ』のついでに花見しながら祝勝会と行こうぜ
良いでござるな!
はい
まあ春でも花見なんて現実ではした事がないのだが、戦闘後の高揚感からか、それとも仲間と一緒に何かを成し遂げられた事からなのかは分からないが、妙にワクワクした。
実際は、花を見るだけなのにな。
ただ花見るだけなのはアレだな。今度料理スキルでも覚えるか
スキル圧迫せぬでござるか?
多少厳しいが、最終的には必要になるだろう。海を越えるんだから
そうですね。食料的にはアイテムメニューがあるので大丈夫ですが、仮に尽きた場合、誰かが料理スキルを使えれば困らないでしょうね
そうなると自然と戦闘スキルメインの硝子と闇影は外れるだろう? しぇりるは既に製作スキルを取っているからきついだろうし、消去法で俺って感じだ
絆がそれでいいなら
使っている武器的に相性も良いしな
釣った魚をその場で料理する。
今までは釣って終わりだったが良く考えたら、どうして取得してなかったんだ。
うん、半ば衝動で言ったが割と本気で取得を考えておこう。
そうこう考えていると俺達に近付いてくる足音がした。
紡の仲間、ロゼのパーティーだった。
お兄ちゃーーん! むふー!
大鎌を持ったまま紡が抱き付いてきた。
抱き止めようと思ったが、エネルギーが少なくなった影響か、のしかかられる形になる。
大活躍だったな。絆
そういうお前等もな。何人か100位以内に入っていただろう?
運が良かったからだ
これから祝勝会をする予定だがロゼ達も一緒にするか?
一応訊ねてみるもロゼは少し考えた素振りを見せた。
まあ見知らぬパーティー同士だと気を許せない気持ちが分かるが。
悪いが今回は遠慮しとくよ。あんまりゆっくりもしていられないからな
その感じだとこれから狩りか
実装された武器やスキルの効果も調べときたいからな
そうか、前線組も大変だな。まあがんばれ
さすがは前線組といった所か。
あれだけの事があっても直に戦いに身を投じる。
ぶっちゃけると俺だったら一日位ゆっくり休みたいと思う。
まあ俺もゲームに一度ハマると数時間近く続けてやるのだから人の事は言えないか。
まだ何か話があるのかロゼは言葉を続ける。
それで相談なんだが、扇子の彼女
私ですか?
硝子が不思議そうに返事をする。
この流れはきっとパーティーへの誘いって奴だろう。
まあ硝子の活躍を知れば誰でもパーティーに入れたいと考えるか。
よかったらオレ達のパーティーに入ら
遠慮します
ロゼが言い切る前に即答した。
闇影やしぇりるが何か言おうとしていたみたいだが、問答無用で即答だった。
正直、ちょっと意外だ。
硝子は人の目とか、道徳観念などを気にする所があるから、断るにしてももうちょっとやんわりと答えると思っていたからだ。
しかし同時に納得している部分もある。
硝子って本人も口にしていたが聖人君子じゃないというか、こうと決めたら無鉄砲な所がある。だからこんな風に断るのも硝子らしいとも感じた。
ロゼットの方もまさか即答されるとは考えていなかった様で少し動揺している。
しかし、君の腕前なら前線組でも十分活躍できるはずだ
それでも絆さんと一緒に行くと決めているのです。私の魂に誓って
初対面の頃から硝子はこういう奴だけど、凄く照れる。
なんとなく出会った時にされたお辞儀を思い出してしまった。
そうか絆、引き抜く様な事を言ってすまなかった
問題ない。硝子はこういう奴だからさ
みたいだ奴等は見る目がない
奴等というのはおそらく硝子の元パーティーの事だろう。
スピリットという種族の風聞だけで物事を決めたのは早計だったな。
まあ攻略wikiを全てと鵜呑みにするプレイヤーに陥りがちな知識不足って感じか。
硝子と意気投合したというのだから元は良かっただろうに、本当残念だ。
プレイヤースキルはトップクラスなのにな。
じゃあオレ達は行くぜ
おう、またよろしくな
軽く手を振り合ってロゼット達は帰路ノ写本を使って飛んでいった。
そしていつまでも俺にのしかかったままのマイシスター。
あのな
なあに?
お前のパーティー、先に行ったぞ
後ろを振り返りロゼット達がいない事を確認する紡。
そして指を咥えてう~ん』と首を傾げた。
お兄ちゃん達はこれからお花見?
その予定だが?
なんか紡が俺の目をジッと見つめてくる。
この目は紡が真剣にゲームをしている時の目だ。
考え事、というか脳が動いている時の目とでも表現するか。
この状態の紡は全力の姉さんでも止められない。
ある種、トランス状態に近い。
硝子にも言えるが、集中力が高いんだろうな。
紡の場合、好きな事つまりゲーム限定だが。
そして考え事は終わったのかニコっと微笑み。
き~っめた! お兄ちゃん、またね!
そう口にして帰路ノ写本を使い飛んでいった。
なんだったんだ?
取り敢えず、予定通り花見でもするか
それから俺達は誰もいなくなるまで話に花を咲かせてのんびり過ごした。
死の踏み切り板
絆殿がウザイでござる!
とある海上にて闇影が言った。
俺達は船の甲板にいつも通りいる。違う事といえば360度全てが海である事か。
つまり陸地がない。
お前な本人を目の前にして言うか普通
自分、もうイカは飽きたでござる!
そうですね。ですがしぇりるさん、食べ物を粗末にするのはいけません
粗末にしてない。武器にしてるだけ
今日の昼食であるイカを眺めて闇影が嘆き、バリスタの矢の代わりにイカを使ったしぇりるを注意している硝子。
そして他二名。
あはは、お兄ちゃん達、おもしろ~い!
はぁどうして僕は君達に付いて来てしまったんだ
紡が笑い、アルトが呆れている。
計六名の船員が何故、こんな面倒臭い事態に陥ってしまったのか。
それは一週間と少し前、丁度ディメンションウェーブ討伐の翌日まで遡る。
俺達はその日を休日、もとい追加実装されたアイテムなどの調査と称して第二都市を歩いていた。
そうして偶然ロミナに再会したので解体したケルベロスの解体アイテムを武器にしてもらう事にした訳だが、全員の強い勧めで俺の武器を作ってもらう事になり、アイテムを渡されたロミナは怪訝な目で見ていたが潔く作ってくれた。
さすがに俺がケルベロスのアイテムを大量に持っていたら勘繰るよな。
まあそこは置いておくとして出来上がったのはケルベロススローター』。
光を反射しない黒炎の様な柄が特徴のシンプルな包丁にも見える。
あれだけ強かったボスの材料から出来た武器だ。強いはず。
うん、強いはず。
エネルギー低下によって装備できなかった。
こうしてケルベロススローターはアイテム欄の肥やしになった。
こんな感じで武器系統の変更や媒介石などの買い物を行っていた。
俺はリールを手に入れ、ほくほく顔でパーティーメンバーである硝子、闇影、しぇりると歩いていた。
そして出会いを果たした。
一つのルアーに。
光輝く、というか実際に光属性の付いたルアーだ。
暗い場所でも使える、むしろ夜釣り用のルアーを売っている商売人と出会った。
お値段一万セリン。
最初その値段で買おうとしたら硝子にダメです。詐欺です。心を強く持ってください』と懇願され、どうにか理性を取り戻し、交渉の末一万セリンで購入。
完全に騙されてます! 人の話を聞いてください!
と、強く非難されたが後悔はしていない。
今だから言える事だが、結果的にこの時俺が取った行動は決して間違ったものではなかった。
結局、その日は買い物やらなんやらと平和な日常を謳歌して床に就いた。
明けて翌日。
硝子達の決断で失われた俺のエネルギーを少しでも取り戻すという名目で俺達のホームグラウンドである海へと帆船を使って狩りへと旅立った。
ここまでは良い。
絆殿がダメージを受けると本末転倒でござる。船内で休んでいると良いでござる
と言われたので、ディメンションウェーブと前日の買い物による疲れもあってか、妙に眠かったのでその場は任せて船内で一眠りする事にした。
船内には休憩部屋が二つあり、片方で眠る際、何か恥ずかしかったので鍵を掛けて横になるとNPCの宿程ではないが睡魔が直に襲ってきて俺は仮眠を取った。
やめてやめて! 助けてー!
こうして数時間程経った頃、睡眠を終えた俺は船上へ上がる。
何か妙に騒がしいとは思ったが、船上に上がるとその意味を一目で把握した。
そこには海賊みたいな事をしている俺の仲間がいた。
具体的には船の横腹で人一人が辛うじて乗れるであろう板の上に俺の妹である紡†エクシードが今にも突き落とされそうになっている、という常軌を逸脱した光景が俺の瞳に映し出された。
海面にはブルーシャーク三匹が今か今かと紡が落ちるのを待っている。
正直、何かのコメディーかと思った。
お前等なにやってんの!?
直に意識を取り戻した俺は思わず、叫ぶ。
その言葉に対しての硝子の返答がこれだ。
密航者は処刑です!
目が完全にイッていた。
果たして俺が眠っていた間に何があったのか。ぶっちゃけ知りたくもなかったが、聞かない訳にもいかないので、説得を繰り返す。
紡は俺の妹だぞ。一体何があったんだ!
密航者は断罪でござる!
お前は黙ってろ!
密航者はサメの餌
意味がわからん
シージャックは滅ぼすでござる!
もう喋るなダークシャドウ!
こんな感じで要領を得る事は叶わず、ともかく紡を救出し、謎のテンションになっている硝子達を落ち着かせてから事情を尋ねた。
すると驚くべく事に俺が眠っている間、シージャック犯なる四人組が現れ、船を占拠しようとしたらしい。
なんでも船底で密かに潜り込んでいたそうだ。
これに対して硝子達は真っ向から衝突、船上戦闘スキルを所持していなかったシージャック犯は返り討ちに合い、硝子達はそいつ等を拘束した。
こうなったのか!?
全く以て意味が分からない。
その後、四人組をどう処分するかについて議論が行なわれ、四人組の一人が硝子に。
昔仲間だっただろう?
と、友情を傘に温情を得ようとしてきた。
なんと以前硝子がパーティーを組んでいたという例のあいつ等だったらしい。
話によればスピリット風情である硝子達がディメンションウェーブで活躍できたのは何か裏があるはず、きっとズルい事をしているんだとヘラヘラ笑いながら供述。これに対して硝子は激怒、現在行なわれている死の踏み切り板制度を確立し、そいつを海に突き落とした。
尚、そいつの遺言は。
悪い噂流してやる
どこぞの元祖恋愛ゲームのヒロインが言いだしそうな最後であった。
補足だが残り三人は。
許されないぞ
次のディメションウェーブでお前達を倒す
ぬわー!
とんだ迷言集だった。
何故俺が硝子達の声を介して、こんな訳の分からない言葉を聞かなければならないのか、それが一番だるかった。
ともかく、その後タイミング悪く船内で俺を驚かそうとタルの中に潜伏していた紡が変な脳汁の出ていた三人に発見され処刑されそうになっていた、というのが事の顛末である。
本当しょうもねぇ奴等だな!
そうですね
硝子、何他人面しているんだ。お前が主犯だよ
すみません
まさか硝子がこうも暴走するとは俺も考えていなかった。
そうして紡がどうしてここにいるのか、という話になり。
お兄ちゃん達が凄く楽しそうだったから抜けてきたの。それに
なんだって? デスゲームごっこに飽きた?
小声で言ったのにどうして聞こえちゃうかな!
生憎と俺は難聴ではない。それは現実でも一緒だ。
そもそもこんな至近距離で聞こえない訳がない。
決して俺が地獄耳という訳ではないはず。
多分。
というか、デスゲームごっこってなんだ?
VRMMOで見られるロールプレイの一種
なんでもしぇりるの話では、特に第二人生計画製の任意ログアウト不可のゲームで行なわれる事の多い死んだら現実でも死ぬ』というシチュエーションで楽しむロールプレイ、だそうだ。
要するに死亡するとパーティーから強制離脱&連絡を絶つ、という感じらしい。
え? あいつ等、そんな事やっているのか?
いや、まあ他人の遊びにどうこう口を挟むつもりはないが、比較的好印象のロゼット達の評価が俺の中で少し低下した気がする。
もちろん、そういうロールプレイをしているからこそ、前線組と呼ばれる位本気で打ち込めるのかもしれないが。
皆が良いなら紡をパーティーに入れるけど、いいか?
もちろんです
妹君にはディメンションウェーブで恩を受けているでござる
しかし、そんな紡を処刑しようとした訳だが
全員が顔を逸らした。
いや、誤魔化したって忘れないからな。
ともあれ釈然としないまま紡がパーティーに加わった。
尚、シージャック犯だが都市の方で俺達の悪い噂を流しているという話をアルトから受信、事情を説明すると奴等自身が普段からしてきた蛮行が災いして直に鎮火された。
という話はどうでも良い蛇足か。
結果、最初に至る経緯としてアルトにこの話をしたのが原因となる。
なんか今見るとストーリーを進める為とはいえ、
妙に駆け足展開&言動がおかしいので、後々加筆修正するかもしれません。
死の商人
密航者でござるー!
紡がパーティーに加わってから三日間陸と海を行き来して俺達はレベル上げに勤しんでいた。
そしてまたタイミング悪く船内から闇影が叫んだ。
ちなみに俺達が事に至る原因まで残り数時間。
ち、違うんだ!
密航者のAさん。職業、死の商人。年齢、不詳。
相変わらず死の踏み切り板を実践している四人組紡も加わったが、Aさんを突き落とそうと板に乗せて棒で突いている。
下には何故か、死の踏み切り板が始まると現れるサメが三匹グルグル回っていた。
これってそんなに楽しいか?
で、Aさんじゃなくてアルトレーゼさんは何をやっているんだ?
なんで他人面? いいから助けてよ!
俺は釣りで忙しいの!
この外道! 頼むよ! 友達でしょ!
冗談だよ。別に殺したりしないから
そもそも海に落ちた所でデスペナルティを受けて、セーブポイントに戻るだけだろうに。
あれか、VRゲームにありがちな再現過剰による恐怖か。
確か、Z指定のVRゲームで殺人再現できるとか、なんとかで一時期社会問題になったが、あれに近い感じかもしれない。
む、絆殿の知り合いでござるか
そこ、なんで残念そうなんだよ
この板には俺にだけ掛からない中毒性でもあるのかもしれない。
ともあれ、何故アルトが密航していたのかを訊ねる。
それで、どうして密航なんてしたんだ?
うん。絆が言っていたじゃないか、海に突き落としたって。あれから気になって海について調べたんだけど、船を作っている人はほとんどいない事を知ったのさ
結果、密航か?
僕はお金の為なら、なんでもする!
いや、そんな胸を張って宣言されても困るんだが。
金の亡者と化したアルトを海に突き落としたい衝動を堪えながら聞く。
俺達が海を活動範囲としている事を密かに知ったアルトは例の噂、数日前鎮火したシージャック犯の噂の中に嘘と真実が混ぜられているのではないか、と調査に乗り出した。
本当、金の匂いを嗅ぎ付けて来る奴だ。
それが真実であったとしてアルトレーゼさんはどうするのですか?
硝子が真剣な面立ちで訊ねる。
まあ俺以外はアルトと初対面だから分からないと思うが、俺は分かる。
僕にも一枚噛ませて欲しい!
アルトはこういう奴だ。
俺の知っている話では、アルトは敵対同士のパーティーへにじり寄り、武器とアイテムを手配する様な輩だ。
味方に付ければ心強いが、必ずしも味方とも限らない。
儲けが減ったと見るや海での効率などの情報を売るからな。
客層は前線組から製造組、果ては生活組まで幅広い。
噂を流されればあっという間だろう。
下手に断れば何があるか分からず、味方に引き入れても何があるか分からない。
困った奴だ。
まあ、それなら味方に引き入れるが。
わかった。だが、海は釣れる種類が増えるのと、モンスターが陸地と違う位だぞ
クロマグロやタイだね。後、ブレイブバートやブルーシャークの素材アイテムか
話してもいないのに生息モンスターなどを言い当てられる。
ある程度裏を取ってから来ていると考えるのが無難か。
アルトは口元に手を当てて作った様な素振りを見せる。
解体武器人のいない場所経験値流通量スピリット
闇影が心配そうに俺の方を見た。
残念ながらその行動が既に答えを言った様なものだぞ。
まあ最初から知っていたんだけどね
って事は俺以外にも知っている奴が?
僕の知る限り絆を入れて三人かな。実際はもっといると思うけど、解体武器ってだけで外された子は多いからね
彼等を取り入れて秘密協定を結び、買い取り、必要としている人に高値で売る。
死の商人がしそうな手口だ。
しかし意外なのは解体武器の真実を公開して評価を上げなかった事か。
真実が公になれば解体武器はパーティーに一人は必要になる人員となる。
そうなれば日の目を見られるというのに誰も公表しないのには納得がいかない。
一つ、あるとすれば。
俺はアイテム欄に入っているケルベロススローターを思い出す。
ボスモンスターの死体を誰もいなくなってから解体すればあるいは。
仮にこの案を実践するとすれば俺なら潜伏スキルを取得する。もちろん、闇影が以前使っていた様な低レベルではなく、足音が立たない程度熟練度やレベルを上げた奴を。
なるほど、ケルベロススローターを手に入れた時、思ったからな。
これだから解体武器はやめられない。
まあ良い、ここまで知られている現状、隠す必要性がない。
しぇりる、どうする?
絆にまかせる
わかった
海の可能性について一度は断っておきたかった。
独断で決めると後々面倒だからな。
アルト、ある事無い事話すぞ
ある事ない事かい?
ああ。海はおそらく新大陸への航路だ。敵の強さから本来は第一大陸を攻略してから進むのが正規ルートだが、船を作れたから先に進んでいる。硝子がディメンションウェーブで活躍したのは手に入る経験値が陸より多いからだ。だから、海を越えれば良い装備が手に入る
半分以上都合の良い嘘を言った。
確実な情報ではないが、可能性としてはこんな所か。
当然ここまで都合の良い話だとは思っていない。
無論、何かあると睨んでいるのは確かだ。
夢やロマンで海を越えたいという欲求の方が強く、道楽で終わるかもしれない。
それでも投資するというのならアルトは信用できる。
例え他意があったとしてもな。
さて、商人アルトレーゼはこんな夢物語に投資するか、否か
もちろん、投資するよ
いやにあっさりだな
勘違いしないでほしい。僕は絆、君の空き缶を金に変えた目を信じているんだ
凄く期待されているみたいだが、アレは偶然に過ぎない。
まあ今更偶然だと言った所で無意味だろうし、異論は唱えない。
しかしアルト、この一ヶ月で少し世界に染まったんじゃないか?
まあ死の商人が投資してくれる事になったのは良いが、これからどうする?
誰が死の商人だい。ダメージキング
俺をダメージキングと呼ぶな!
喧嘩はいけません! 普段通りが良いのではないですか?
こんな感じでアルトを引き入れたまでは良かった。
というか、ここまでは何もかも上手く周っていた。
そう、東の空に浮かぶ黒い雨雲さえ除けば。
帰らずの海域
さて、これからどうするか、だ!
事が起こって翌日。
俺達全員は水浸しの濡れ鼠状態となりつつもどうにか船の上にいた。
要するに嵐に巻き込まれ命からがら生存した、という状況。
結果として船はどことも分からない地図上で、方向すら機能しないという最悪の状況にいる。更に沖から離れすぎているのか帰路ノ写本まで使えない。
地図表示で分かるのはこのマップが帰らずの海域』と表記されている事だけだ。
死に戻りするというのはどうだい?
アルト、貴様俺達がスピリットである事をわかって言っているな
そんな事はないよ
飄々とした顔で軽く流しやがった。
最悪の手段としてはしぇりる、紡、アルトは死に戻りは可能だ。
しかし俺達スピリットは少々厳しい。
死んじゃう位ならこのまま進もうよ! 戻ってデスペナ受けるより、進んでデスペナ受けた方が良いとあたしは思うな~
パーティーに加わってから常時機嫌の良い紡はニコニコ顔で言った。
持ち前の性格からか、闇影やしぇりるとも颯爽と打ち解けた紡。
話している内に、何故か誰よりも冒険心を刺激されて海、海、海と騒ぎ、毎朝就寝中の俺へのしかかりを掛けてくるに至っている。
この言動についてだが、元々紡はRPGがそこまで得意じゃない。
MMOなど、特にVRと付くゲームは結果としてアクションRPGになってしまうという弊害がある。
実際にゲームに入り込むのがVRの特徴であるが故に、どうしてもアクション要素が付く物が多い。そうなってくると紡は途端に上手くなるが家庭用RPGだと低レベルクリアでも目指しているのか、と思う程次へ次へと進む。
まあ後ろで見ている分には面白いのだけど元々好奇心が旺盛な所があるからな。
元々どっちが前か後ろか分からない
あれだな。迷いの森とか、無限砂漠とか、RPGだと定番だがそれに近い感じか?
しかし驚いたね
いや、僕はまだ何も言っていないんだけど
絆、彼女の翻訳を頼めるかい?
しぇりるのコレに俺達は慣れたが、初対面のアルトじゃ厳しいか。
どうでも良いが、なんで俺がまとめ役みたいなポジションになっているんだ。
それで何が驚いたって?
うん。僕は絆の言っていた海云々を半分七割方信じていなかったんだけどね。現状を見て考えを改めようと思ったんだ
それは何故でしょうか?
絆も話していたけど、迷いの森や砂漠みたいなフィールドって昔のRPGでは一般的だと僕も思うんだ。それで、大抵はそういう場所をクリアすると次のマップに行けるとか、伝説の剣とかが手に入ったりするじゃない。もしかしたら絆の話の何割かは本当かもしれないってね
概ね同意見だ。
俺の知っているゲームだと一度はプレイヤーを困らせる通過マップ、後半に物語を進める為のキーアイテムが眠っている、というパターンもある。
攻略本でもあれば良いんだが、生憎とディメンションウェーブはβテスターがいない。
そうなると手探りで帰らずの海域を探索せねばならない。
どちらにしても海を越える場合、行く事になるのだから。
そうして帰らずの海域を彷徨う事となった俺達だが。
紡さん、闇子さん!
ブレイドマーマンとスカイレイダーなる水系と鳥系の、どう見ても生態系が違うだろうってモンスター群が連携攻撃を仕掛けて来ていた。
それに対する我等が戦力。
扇子の派生武器である両手持ち左右の手に扇子を持った硝子。
特化に進んだ戦鎌の紡。
相変わらずドレインオンリーの闇影。
この三人が対峙する。
ディメンションウェーブ第一波で活躍した二人がいるのだから絶対安心かと思いきや、敵も強い。おそらく海域に流された影響で適正より上の敵と戦っている。
少なくとも俺が相手するにはエネルギーが大幅に足りないな。
輪舞一ノ型・回撃!
両方の手に握られる扇子が開き、硝子は舞うかの様に一回転。
狭くはあるが全方位攻撃なので背後の敵にも攻撃が命中する。
確か輪舞の概要説明は充填時間の大幅増加と防御能力を低下させる代償にスキルと通常攻撃の威力が高くなる、だったはず。
以前が防御必殺タイプだとするなら、攻撃必殺タイプって感じだ。
説明通り以前使っていた乱舞系とは違いチャージ時間が大幅に延びたがその分威力が高くなっている。使い始めてまだそんなに時間は経っていないので断言はできないが硝子には輪舞の方が合っている気がする。
なんというのか、硝子は受け止めて防ぐより避ける方が向いていると思うんだ。
ケルベロス戦アクロバット的な意味で。
尚、先日光のルアーを買った日だが。
硝子の新たなリアルスキルが判明した。
なんでも硝子は利き手が両方両利きらしい。
文字を両方の手で書きやがった。
硝子さんマジパネェッす。
冗談は置いておくとして。
考えてもみれば双剣とかゲームではありがちな設定だがVRゲームだとやはり利き手の剣の方が上手く動かせるのだろうか。
もちろん、スキルはシステムが勝手に動かしてくれる。だが通常攻撃は別だ。
利き手は反射動作される手の事だから脳と関わりがあると考えられる。
詳しくないので予測になるが、脳と関わりがあるとすればやはり利き手もゲームをする上で重要な才能の一つになるはず。
そういえば昭和を懐かしむテレビ番組で左利きは独楽の対戦で有利だったと聞いた事がある。
他にもスポーツでは右利き選手と左利き選手は違うとも聞く。
具体的には科学の塊であるVRゲームでそれが該当するかは不明だ。だが、現実と差の少ないこの世界において利き手は意外にも重要かもしれない。
まあ今は関係ないか。
ちなみにどうでも良い補足だが、俺は平均的な右利きだ。
彼女、第一印象と大分違うんだね
アルト? こんな所にいると殺されるぞ?
気をつけるよ
で、硝子の何が違うって?
第一印象だよ
確かに硝子は普段話している時は、物腰が柔らかく話し方も丁寧なのでキャラクター外見と一致していると思う。
しかし結構考えている、というか見た目よりも暴力的な所はあるな。
ディメンションウェーブの時も防衛より攻めを提案していた。
生まれる時代と性別間違えたんじゃないか?
戦国時代とか三国志に生まれたら武将とかやってそうだよな。
そういえば絆はやっぱり以前手に入れた媒介結晶を使っているのかい?
店売りだが?
媒介石。
NPCの店で売られている媒介石は一つ特殊効果が付与されている。そしてシールドエネルギーという他種族でいうHPに該当するゲージが付属している。
このシールドエネルギーはHPと同じく自然回復する効果もある。
唯あまり数値自体は高いものではなく、低い物だと50、一番高い物でも1000。
シールドエネルギーの低い物は特殊効果が優秀で、高い物は貧弱というありがちなバランスだ。どれを使うかは個々人の好みと言った所か。
闇影なんかは闇魔法威力%アップとか付けていた気がする。
俺は中途半端なスキル構成なのでマスタリー系ランクアップを使っているけど。
ほら、僕等が出会った頃もう一月位前になるのかな。空き缶で稼いでいた時に、話していたじゃない。媒介結晶って
あーあったな。そんなアイテム。
アイテム欄をごちゃごちゃ詰め込んでいるので忘れていた。
俺はカーソルメニューからアイテム欄を選択して探してみる。
色の入っていないやや灰色染みた結晶石。
これは未鑑定という意味か。
あった。これか
まだ未鑑定だったんだね
実装前に手に入れたアイテムじゃな
実装とは言っても事前に搭載されている追加システムみたいな物だからな。
きっとこれからも装備できないアイテムとか出てくるのだろう。
まあそういう事なら鑑定してあげようかい? 職業柄アイテムを触る事が多くてね。鑑定スキルの熟練度は高いつもりだよ
良いけど、金は無いぞ?
光のルアーに限らず、リールや料理スキルに使うアイテムを購入したら底を尽きた。
特に媒介石が高かったが鑑定して優秀なのが出たら無意味に。
君は僕の事を金の亡者とでも思っているのかな
違うのか?
違うよ! それ位サービスするよ
それはすまなかった。じゃあ頼む
未鑑定媒介結晶を渡すとアルトは虫眼鏡ルーペ? を取り出した。
そしてアイテム鑑定』と小さく呟くとルーペが淡く輝く。
すると結晶が黒に限りなく近い、深い青色に変わった。
うん。釣りで手に入った媒介石って感じだね
俺にとっては釣りと解体が唯一の長所だからそれで良いんだよ
受け取ると実験に装備してみる。
装備というか、魂を移すと表現した方が風情はあるか。
システム上、寄り代とする器だからな。
初級媒介結晶。
シールドエネルギー700/700。
フィッシングマスタリーを二段階ランクアップさせる。
夜間に生息する魚に与えるヘイトを上昇させる。
特殊効果が二種類だ。
シールドエネルギーは高い方か? 微妙だ。
しかし店売りの方は媒介石だったが、媒介結晶なんだな。
多分、スキルの付いている数で名称が変わるのだろう。
ともあれアルト、ありがとな
君からはいつも儲け話しかこないからね。これ位ならいつでも言ってよ
こんな感じで初めのうちは船旅を楽しんでいた。
月夜の攻防
帰らずの海域を航海する事四日。
相変わらず水平線に変化は無く、経験値と解体アイテムが溜まってきた。
それ自体は喜ばしい事だが色々と問題も浮上している。
全員が持っていた料理アイテムが尽きた
ついでに釣りで使う餌も尽きた。今まで溜め込んだ魚肉が尽きたら終わりだ
ど、どうするでござるか!?
お腹が空くのはつらいよね~
元々長旅を準備しての出航でなかったのが原因だ。
全員一応に料理アイテムを持っていた位で食料と呼ぶにはお粗末だった。
まあ一応このゲームは餌なしでも釣れるけど。
それも六人の人間を賄うにはどうしても数に問題が出てくる。
何より俺の料理スキルはまだ低いからな。作成失敗も十分ありえる。
そうなると食材アイテムをある程度確保する必要があった。
だけど悪い事ばかりじゃないよ
それはどういう意味だ?
うん。僕達はもう何日も水を飲んでいないけど大丈夫じゃないか
確かにアルトレーゼさんの言う通りですね
仮にこれが現実だったらもっと前に水不足で問題になっていたはず。
このゲームでお腹が空くのはゲーム終了後が関係していると誰かが話していたな。
同じ理由で現実に帰還後、何かしろのプログラムで現実復帰も実現できているらしい。
俺のリアトモ曰く鮮明に思い出せる夢』だったか。
そんな表現を言い出すので多少痛い言動こそ残しているが学校の成績に問題は出ていない所を見るに本当の事なのだろう。
今は問題解決の方が重要か。
これはゲームだからね。お腹は空くだろうけどシステム的なものだよ。死にはしないんだ。最悪、食べずに過ごす事だって可能だよ
そこまで達観はしないがまあ食料は俺の方でなんとかしてみるよ
そうして俺は結果的に念願の釣り生活へ突入した。
高級餌の尽きた餌なしではマグロなどが釣れる訳もなく、小魚が限界だが。
ここで活躍したのが光のルアーである。
常時光っているので夜間、ライトの代わりに使われていた光のルアーだ。
昼間は光のルアーで釣れる魚はいないが、夜はイカが釣れる事が判明した。
アルト曰く。
エギだね
エギというルアーの一種があるらしい。
いや、光のルアーは普通のルアーって感じの外見だが光っている以外。
ともかく光のルアーによって食料問題は解決。イカ生活に突入した。
というか夜釣りではイカしか釣れない。
調子に乗って夜間に500匹近く釣って何日も続けて朝昼晩イカ尽くしにしたら。
などと暴言を吐かれた。
しぇりるに至ってはバリスタの矢をイカにする始末。
ともあれ今日も今日とてイカ釣りだ。
既にアイテム欄に1000匹以上いるとか、そういう事は気にしない。
さすが光のルアー。
あの日、あの時、あの俺に言ってやる。
多少高くても買って正解だったな。
尚、帰らずの海域はどういう訳だか昼間にしかモンスターが沸かない。
少なくとも第一都市近くでは夜でもモンスターが沸いた。
長期的航海になるとゲームとして夜はモンスターを配置しなかったとか。
理由としては弱いか。
仮に何か理由があるという前提を立てたらどうだろう。
一般的なRPGでは迷いの森、無限砂漠などといったパターンは大昔から使われてきた王道中の王道だ。特定の方法でしか抜けられない。ギミックが掛けられていて、進み方一つで行き先が変わる。こんな感じだろう。
既に航海を続けて一週間を迎えようとしている。
俺を始め全員のストレスも高まりつつある。
無論、食べ物がイカだけなのも理由だが。
どちらにしても何かしろ対策を立てないとな。
硝子か
深夜に考え事をしながら釣りをしていたので話し掛けられて少し驚いた。
硝子は俺の隣に腰を下ろすと月を見上げた。
今日は月が出ていてこの世界の月は現実の物より大きいので風情がある。
唯、大きさの割に照らす光は弱い。
自然は凄いですね
いえこの世界が作り物である事は理解しているのですが、嵐一つで私達の生活を一変させてしまったものですから
確かに
嵐に巻き込まれたのは不幸だが、六人で船上生活をする事になるとは思わなかった。
これまで夜は第一都市の宿で個別に休んでいた。
不謹慎だとは思うが修学旅行の様で楽しい、という思いもある。
だからこそ、この困難を乗り越える方法を模索しなくてはならない。
ゲームというのはしっかりと観察していれば答えは手に入る様に作られている。
答えを導き出せないという事は何か見落としているという事だ。
絆さん、引いていますよ
大丈夫だ。イカはそんなに難易度高くないからな
ちょんちょんと竿の先端に響く感覚。
違う。イカじゃないぞ、こいつ。
ここ数日釣り続けているからか感覚で分かる。
帰らずの海域で夜に釣れるのはイカだけだ。