ディメンションウェーブ`

アネコユサギ

次元の波。人々は度重なる災いに立ち向かっていく。

というVRMMOをプレイする事になった主人公が竿を片手に向かったのは、海岸だった。

プロローグ

異世界で第二の人生全うしてみませんか?

セカンドライフプロジェクト第二弾!

ディメンションウェーブ』参加者募集中。締め切り迫る!

どう?

背景と人物が実写さながらに描かれている。

ゲーム雑誌に7ページも組まれている所を見るに相当人気はあるらしい。

どう、と言われてもな

突然やってきた二人の女性姉と妹なのだが、二人にゲームの雑誌をぐいっと押し付けられ、ドヤ顔でどう?』と訊ねられた。

正直、この二人が何を伝えたいのかさっぱり分からない。

まあゲームみたいだから気にならないかと言われれば嘘になる。書かれているジャンルはMMORPG。俺はどちらかと言えば牧○物語とか、ワー○ドネバー○ンド系みたいな淡々と日々を繰り返すゲームの方が好きなんだけどな。

もう~ノリが悪いったら~!

ね~!

何だ、このテンションの高さは。

自分で口にするのはアレだが、兄弟仲は良い方だと思っている。

この前も一緒にゲームをやったし、姉も妹も大のゲーム好きだ。

まあ三兄弟の仲で唯一男の俺が原因なのは認めるけれど。

ねぇねぇ。このゲームどう思う?

マイシスター(妹)が猫撫で声で尋ねてくる。やはりテンションが高い。

あまりのテンションの高さに若干引いたが血を分けた兄弟なので、例えようも無い衝動を飲み込み渡された雑誌に目を向ける。

ディメンションウェーブ。

どうやらネットゲームのようだ。

プレイヤーはゲームの世界で次元の波と呼ばれる敵対者に沢山の仲間達と協力して立ち向かうという内容らしい。流し見る限り、様々な武器や魔法を駆使してモンスターを倒すという典型的なネットゲームだ。

お、釣りとかもできるのか。

こう言うの好きなんだよな。じっくりのんびりやる様なプレイスタイル。

選べる種族も何個かある。

お? 普通とは違う感じの説明がある。

なになに?

大好評を博した第一弾と同じくプレイヤーにはゲームの中で第二の人生を体験してもらうべく、ゲーム終了までログアウトが出来ません。しかしゲーム内において現実とは違う時間で進行します。

ゲームクリアまでの時間は数年でございますが、現実の時間に換算すると24時間となり、時間の足りない社会人の方でもお楽しみ頂ける内容となります。現在参加者募集中なので奮って参加をお待ちしています! 参加希望者は下記のアドレスにアクセス!

だそうだ。

そういえば、一年位前に騒がれていた覚えがある。

VRMMOの人気会社が出した第二人生計画という奴だったか。

雑誌にも書かれている通りゲーム内では数ヶ月、あるいは数年を現実では数時間としたシステム。

主に社会人を中心に人気があり、ゲーム終了までログアウトできないという内容を兼ねてセカンドライフって名称らしい。

ゲーム内容の関係で一月に一度の頻度で開催され、どれも一部の声を除いて大多数が納得の出来だと賞賛したって話だ。ネットの情報サイトで見た。

というのも俺の友人もプレイして絶賛していたから、相当面白かったのだろう。

社会問題としてはプレイ後、少し言動が変わったというか恥ずかしい奴になっていたが体感時間数年もゲームをしていると人格形成に多少の影響があるのかもしれない。

尚、そいつはゲーム内で彼女が出来たのか、リアルでも付き合っている。

ケッ! リア充が!

補足だが、ゲームの参加費が結構高額だったはず。

専用の機材が必要とかで、ゲームコストも高く、そもそも会社も商売でやっているのだからしょうがない。要するに、少なくとも学生がやるには少々お高いゲームだ。

で、これがどうしたんだ?

正直、父さんや母さんにおねだりしても、真っ赤な顔でダメの声しか出ない類の品なのだが。

ふふ~ん!

相変わらずのテンションのまま姉が一枚の封筒を取り出した。

宛先がセカンドライフプロジェクトと記入されている。

ま、まさか

その通り、ゲーム参加権よ!

どこでそれを手に入れた。まさか犯罪では

この前ゲームの大会で優勝したんだ! その景品だよ!

俺の冗談を完全に無視して妹が楽しそうにネタバレした。

この参加資格が賞品になっている大会というと、同じ傘下の系列会社が先日開催した対戦格闘アーケードゲームだったか。凄く賑わったと情報サイトで見た。

なんでもこの参加権目当てに参加した奴が殺到したとか。

家族がその中に含まれていたとは微妙な気分だ。

一枚で三人まで参加できるのよ!

ドヤ顔の姉。高揚した気分からか今にもどこかへ飛び出して行きそうな妹。

三人ってなんか微妙な人数だな

普通二名か四名じゃないか?

聞いた話では恋人同士が夫婦感覚で参加し、関係を深めたという話を耳にした。

中にはゲームの中で関係をこじらせて別れたという話もあるのが微妙な所か。

ともあれ俺も参加出来るのか。

いや、ちょっと待て。

なあ、これオークションで売らなぐはっ!

言い終わる前に妹の拳が右頬にめり込んでいた。

売る訳ないじゃない! お兄ちゃんのバカ!

いや、これ一枚売って儲けた金で家族旅行でもぐはっ!

今度は左頬に姉の拳がめり込んでいた。

私、お父さんとお母さんへの親孝行は、社会人になってからで良いと思うの

なんて欲望に忠実な奴等だ。

まあ元々俺の物でも無いし、ああだこうだ言える立場では無いが。

それで、後一人は誰か友達でも誘うのか?

え?

ん?

二人が不可思議な物を見る目で俺を見つめてくる。

お兄ちゃんやりたくないの?

いや、別に?

面白そうだと思うがVRゲームだと思うと気が引ける。

俺はVRゲーム機と相性悪いしな

VRゲーム機。あるいはダイヴ系オンラインゲーム。

近年オンランゲーム業界に吹き荒れた一陣の風。

ほんの少し前まではSFのジャンルの一つ、サイバーパンクとして有名だった。

そんな夢と希望のダイヴ型オンラインゲームだが、出始めの頃は大きく騒がれたけれど、一部のゲーマーを除けば評価は良くなかった。

第一に日本人ゲーマーなら理解してくれると思うのだが体感系、VRと呼ぶ人が多いダイヴ型サイバーワールドが肌に合わない人。

例えるならドットで作られたテレビゲームが未だに人気がある様に、テレビ画面を眺めながらプレイする環境に慣れたプレイヤーには受けなかった。

俺は生まれた時から綺麗な3Dのゲームがあった世代なので気にならなかったが、ドットからポリゴン3Dのゲームへ移行する際に拒絶反応があった人は結構いたらしい。

まあその程度ならばダイヴ系ゲームに俺が拒否感を抱くはずがない。

第二に、人間の脳波の影響が強く出てしまう。

近年判明した事なのだが、人間の脳波、演算力といわれる物は個々人で相当な差が出てしまった。

要するに昔から瞬間判断力だの決断力だの言われていたアレの正体が判明した訳なのだが、脳の電子伝達速度がゲームに関わってくるダイヴ系のゲームはどうしても本人の能力によって差が出てしまう。

つまる所スタートラインが同じではないゲームに不満を抱くゲーマーが続出、一部の適応できたプレイヤーを除けば売り上げば思ったよりも高くない。

まあタッチペン画面なんかも最初の頃は受けが悪かったらしいので、科学の進歩と共にゲーム機の性能が上がって個人の能力に影響を受けなくなれば大ヒットするだろう。

そういえばそんな話をどこかで聞いた様な

お兄ちゃん。ポットタイプは脳波一定プログラムが内蔵されてるから誰でも大丈夫なんだよ?

ああ、そうか。参加費が高い理由にそれもあったな

ポットタイプVRゲーム機の高性能版とでも呼べば良いのだろうか。

一般的なパソコンみたいな機材にヘッドマウントディスプレイを付ける物とは違って、専用の空気を吸える液体を浸したポットの中に人一人を丸々収納してゲームに接続するという少々マッドサイエンティックな機械だ。

つい言葉にも洩らしたが、この機材が参加形式である理由で、ほんの一日起動させるだけでも現代の科学では相当費用が嵩むんだそうだ。

まあ俺でも出来るのは分かったけど、二人は他に誘う人いないのか?

せっかく三人参加なんだから兄弟でやった方が楽しいじゃない

うんうん!

姉と妹、どうやら俺は二人と思った以上に仲が良いっぽい。

なんというか、かなり嬉しかった。

そんな訳で俺はディメンションウェーブに参加する事となった。

そうして当日。

俺達三人は電車に乗ってイベント会場に来ていた。

会場には二人にせがまれて早く来ていたというのに既に人で混雑している。

事前に持って来る物は参加権と参加プレイヤー用に配布されたデータが入ったUSBメモリ。

USBメモリにはキャラクタークリエイトデータが入っている。

ゲームの仕様上キャラクター作成に掛かる時間に問題があり、事前に作っておいて欲しいという事だ。

俺のキャラクターは三日前から考えに考えた筋肉マッチョの巨漢。

筋肉キャラは世間的に人気が良くないが、俺はかっこいいと思うんだよ。

種族は人間、亜人、草人、晶人、魂人の中で魂人を選んだ。

魂人と書いているがスピリットと読むそうだ。

選んだ理由はレベル、HP、MPが存在しないという、この手のネットゲームでは珍しい種族だからだ。公式サイトで少し説明が載っていたが、詳しい内容は手探りだ。

ちなみに上からヒューマン、ライカンスロープ、エルフ、ジュエル、スピリットと読む。

この中で気になったのはジュエルとスピリットだが、最終的にスピリットを選んだ。

珍しい種族が好きなもので。

尚、二人は姉が人間で、妹が亜人だ。

聞いていないのに教えてくれた。

お、入場が始まるみたいだぞ

そう言う前に興奮でそわそわしていた二人が前進を始めた。

何にも考えずに並んでいたが、なんで俺が一番後ろなんだ?

途中、設けられたスペースでIDパスが内蔵された三つ発行された参加権の内の一つ、俺の券を職員に渡すと番号の割り振られた青いプラスチックの付いた鍵を渡された。

そして更に進むと二つの道に別れている。男女で分かれているっぽい。

また後でね

ばいば~い!

簡単に手を振った後、男子の方を進むと更衣室に到着した。

結構広い。

ともあれ鍵に掛かれた番号のロッカーを見つけて開けると一つ服が入っていた。

これも事前に公式サイト参加権の番号と一緒にスリーサイズを入力して、専用の服に着替えるという物だ。

貴重品といっても精々財布と携帯電話位だが、を入れて服に着替える。

何かアニメとかに出てくるパイロットスーツみたいな柄だ。

感触としては妙にピチピチしている。

両隣の奴も恥ずかしそうに無言で着ている所を見るに同様の考えをしているのだろう。

なんでも元々は全裸でダイヴ用ポットに入っていたが、不評で専用の服を用意する事になったらしい。更に服には緊急用の人命救助装置なんかも付いている。これも参加費が高額になる理由だろうな。

そんな風に考えながら着替え終わった俺はロッカーの鍵を閉めたのを確認して道を急ぐ。

うわ

広がった光景は噂に聞くマッドサイエンティックなポット群。

人一人が入る為か、かなり大きい。俺の部屋のベッドと同じ位だ。

USBメモリの差込口と入り方、閉め方の記されたシールがポットに大きく貼られていて、誰でも一目で使い方が分かる。俺は書かれているUSBメモリをコネクターに差し込み、ポットに入って閉め忘れが無いかを確認した後、ゆっくりと寝転がった。

時間までは後十分位あるので、ゲーム内で何をするのか考える。

二人は戦闘職をする様な事を言っていたが、俺は別の目的があった。

あの日雑誌で見た釣り』とやらをやってみようと思う。

MMORPGで釣りとかアレな気もするが、ゆっくりのんびり余生を楽しむのもセカンドライフというゲーム会社の趣旨に合っていると思うんだ。まあその後は今考えてもしょうがない。ゲームをやっていればいずれ目的も決まってくるだろう。

と、考えた所でゲームのタイトルにもなっているディメンションウェーブというイベントの事をすっかり忘れていた事を思い出す。

参加するかどうかは決めかねているが、二人はきっと参加するのだろう。

せめて何か援護位したいな。

お?

随分と考えに没頭していたのか時間になり、アナウンスと共に液体が注がれてくる。

液体は緑色では無く、ポットの中にあるライトの色だった。

何かの演出だろうか。どうやら無色の液体みたいだ。

見る見る内に液体が満タンになり、思わず止めていた呼吸が空気の欲しさから本能的に呼吸をする。

驚いた。本当に息が出来る。今まで話半分で半ば疑っていたのだが。

データを参照しています0%100%。

参照完了。脳波一定プログラムの負荷テストを始めます。

視界に、というか脳に直接映像が流れ込んできた。

現実以上に綺麗な光景が浮かぶ。

ファンタジーの街並みに沢山の人が動き回っている映像だ。

音もしっかり拾っており、近くに見える商人の様な男性が接客をする声まで聞こえて来て、更には雑踏から足音が沢山耳に入ってくる。

普通のVRゲーム機を使ったら一度位ラグが発生するレベルなのだが、驚いた事に乱れ一つ無く、更には解像度も非常に良い。

さすがは専用機材といった所か。

テストを終了します。全ての手順が終了後、ゲームを起動します。

それにしても耳を介さず脳に直接言葉が送られて来るのはあまり慣れない。

SFの世界にでも入り込んだ様な錯覚を覚えるが現代の科学力は思ったよりも高い。

興奮とでも呼ぶのが適切なのだろうが、妙に落ち着かずキョロキョロと周りを見回していると突然ブツンと視界が途切れた。

今のは、ちょっと嫌な感覚だな

ゲームに限らずダイヴ系機械全般に言える事だが、突然視界が消えるのは、テレビの電源を切ったみたいに感じて苦手だ。

まるで今まで暮らしていた場所が現実では無かったみたいな、そんな感覚だ。

It is blessing to your life!

直訳で貴方の人生に祝福を』か?

英語はそこまで得意でないので分からん。

そんな事を考えていると俺の意識は少しずつ薄れていった。

読んでいただきありがとうございます。

リハビリ用に書いていた私小説の量が多少出来たので投稿。

ご都合展開などがありますが、良ければよろしくおねがいします。

メインで書いている方の投稿が滞っている理由は、

活動報告に書いておきます。

解体ナイフとボロい竿

第一都市ルロロナ。

意識を失っていたのはほんの数秒か。

いや、リアルの時間で換算すると1コンマも眠っていないのだろう。

ゲーム会社の説明を信じるならば、この瞬間からリアルはゲームと全く違う時間を流れている事になる。

説明通り、ゲーム終了まで俺達はこの世界で生きていく事になるって事か。

周囲を見渡すと現実以上の光景が浮かぶ。

白い石畳、遠く見える西洋の城よく見ると石畳が若干薄汚れている。例えるなら現実感とでも呼べば良いのか。確かにそこに存在している、そんな汚れだ。

辺りからはログインした奴等が俺と同じ様な反応をして、更には声に出して、雑踏街の様な喧騒が起こっている。

VRMMOをプレイした事はあるが、ここまでレベルが高いのは初めてだ。

先程まで考えなかったが、直接サーバーに接続出来るのも理由の一つなのでは無いだろうか。

さて、感動も程々にゲームでも始めん?

妙に高い声が響いた。

キャラクタークリエイトでは声のタイプまで自由に細かく調整できるのだが、システムをふんだんに使いました、みたいな女声だ。

確か俺は渋くて厳つい野郎の声を作成したはずだ。

間違ってもこんなロリボイスじゃない。

何かの設定ミスだろうか?

嫌な悪寒がする。

俺は現実と同じ様に動く身体を眺める。

どう見ても女の子です。ありがとうございました

思わず呟いていた。

というのも長い漆黒の髪、幼い身体、小さなお手々、小さなお足、貧相なお胸。

衣服は初期装備なのか簡素な白地のワンピース。

ご丁寧にスカートを着ている感覚が再現されていて、股下がスースーする。

絆†エクシード』さんに複数チャットが届きました。参加しますか?

脳内に直接音声が響く。

送り主は紡†エクシード』知らない奴だ。

良く考えると俺の名前に似ている。俺をハメた犯人だな。

俺は複数チャットとやらに参加すると念ずるとチリーンというシステム音と共に二人の声が聞こえてきた。

あ、お兄ちゃん?

やほ~

二人の声が響く。

リアルと同じボイスを使っているのか、声に変化は無い。

あ、お兄ちゃん? じゃないわ! 何でキャラの外見から名前まで変わってるんだよ! 後そっちに愚姉、後で覚えてろよ!

姉の名前は奏†エクシード』二人のセンスに文句を言ってやりたい。

三人共苗字同じ、しかも漢字+記号+カタカナって厨二病末期じゃないか?

だってお姉ちゃん、妹がもう一人欲しかったんだも~ん

あたしも妹が欲しかったんだ!

はぁ

思わず溜息が出た。ゲームの中で溜息を吐く事になろうとは。

俺がどんな外見にするのか聞いてこないと思ったら、昨日の内にデータを書き換えられていたみたいだ。

それにね?

ゲームの世界で何ヶ月、もしかしたら何年も暮らすんだから繋がりが欲しかったの

姉さん

どうやら一応の理由はあるみたいだ。

いや、まあだからって俺を女にするか? 立派な不正アクセスに分類されるんじゃね?

というか俺、ゲーム終了までネカマプレイ強制かよ!

最悪だ。

それにね

ああ

姉弟妹って書くより三姉妹の方が語呂、良いと思うの

これ笑うとこ?

普通に怒る所だよな。

はぁ分かった。もうそれで良いよ。性別が違った方が第二の人生って感じだしな

女兄弟に一人だけ男だと、こういう理不尽は何度も経験している。

楽しいゲームで家族相手に怒るのはお互い面白く無い。ぐっと言葉を飲み込んだ。

お兄ちゃん、これからどうする?

ん~一応釣りスキルを手に入れて、釣りでもしてようかと

マイナーなのやるんだね。絆お兄ちゃん

絆お兄ちゃん

なんだろう、この例え様も無い程のしっくりこない感。

慣れなきゃいけないんだろうけどな。

あたしは普通に狩りの予定だけど、奏お姉ちゃんは?

何を装備するのか決めてないからお店回ってみようかしら

じゃあ別行動って感じかな?

そうだね。後でまた電話じゃなくてチャット送るね

おう

チャットが終了しました。通常会話に戻ります。

さて、当初の予定通り釣りでも始めるか。

確かスキルは習得制だったはず。

俺は意識してカーソルメニューの中からステータス、スキル、アイテムの画面を開く。

名前/絆†エクシード。

種族/魂人。

エネルギー/1000。

マナ/50。

セリン/500。

スキル/エネルギー生産力Ⅰ。

マナ生産力Ⅰ。

アイテム/初心者用武器ボックス、初心者用エネルギーポーション×10、魂人マニュアル。

俺はアイテム欄の魂人マニュアルを選択する。

すると文庫本サイズの本が手元に出現した。

ページを開くと日本語では無い文字が羅列している。

しかし何故か読む事が出来た。魂語と呼ぶらしい。

えっと

魂人は他種族と違いレベル、HP、MP、STR、AGI、INT、MIND、DEX、LUKが存在しない。

それ等全ての数値をエネルギーとし、エネルギーが多くなればなる程強くなる。

エネルギーが増えれば無限に敵からの攻撃を耐える事も可能となるがHPダメージもMP消費もエネルギーから計算するので気を付けなければならない。

なるほど。かなり変わった種族だ。

要するにエネルギーが多ければ攻撃、防御、HP、MPと全て可能だがレベルも兼ねているのでエネルギーを使い過ぎて死にそうになったら他のゲームでいうレベルダウンした様な感じになるって所か。

今一分からないが、次行こう。

マナは他種族ではスキルポイントや熟練度に属し、必要に応じたマナを消費する事でスキルを取得する事が可能となる。

スキルは使用する毎にエネルギーを消費する物と、常に消費する物の二種類存在する。

スキル取得は他種族と同じく、該当する行動を取る事で項目が増える。

魂人の場合は出現したスキルにマナを使う事で初めて効果を得る事ができる。

取得したスキルはエネルギーを消費する事で維持が可能。また必要が無くなったスキルの場合、成長に必要なマナの半分を取り戻す事でスキルランクをダウンさせる事が可能。

尚、総エネルギー量が計算式でスキルによって0を越えた場合、+になるまでランダムでスキルをランクダウンさせる。

どうやら魂人はエネルギー管理が重要な種族って事か。

まあ、なるようになるだろう。

俺はマニュアルをパタンと閉じるとアイテム欄に放り込んだ。

次に初心者用武器ボックスを選んだ。

箱の中には沢山の武器が並んでいる。

どれも初心者用と名が付くだけあって外見は普通だ。

一つ、ハズレじゃなさそうな片手剣を持ってみる。

すると片手剣の簡単な説明文が出現した。が、俺は特に読まずに箱の中に戻す。

奏姉さんも決めてなかった様に公式サイトでも沢山武器紹介があったが、どれが良いのか分からず今日まで決めていなかった。

反応から察するに紡の方は決まっていたみたいだが。

一瞬面白そうな武器が表示されていた。箱の中から取り出してみる。

武器/初心者用解体ナイフ。

説明/狩猟した生物の解体用に作られたナイフ。

武器説明生物や植物などを解体する為に作られた武器群。

モンスターを倒した際にアイテムをドロップする。

説明短いな。

片手剣は盾が装備できるとか、スキルの特徴とか書かれていたぞ。

これにしよう。面白そうだし。

俺は解体用ナイフを取り出すと決定を選択した。

解体用ナイフを装備っていうか手に持つと装備って事になるのか。

ステータス画面もエネルギーとマナが表示されるだけで、装備欄とかも無いから装備したら強くなったのかが今一分からない。

まあVRゲームにありがちな手に持ったり着たりすれば装備って事にはなるんだろう。

ともあれ、釣りをするには竿が必要だ。

竿が売っている場所はどこだろうか。

道具屋辺りが妥当だよな。

俺はカーソルメニューの中から地図を選択する。

今いる街名称はルロロナと呼ぶ。

その中で袋のマークが浮かんだ場所を見つけ、その方向へ歩く。

思いの他近く、というか目的も無く歩きながら魂人マニュアルを読んでいたのだが、幸運にも道具屋の目の前に俺がいた。

道具屋は灰色の四角い建物だ。横に袋の看板がちょこんと立っている。

既に何人か人がおり、人間、犬耳尻尾が生えた亜人、耳の尖り肌が白い草人、胸に蒼い宝石が埋め込まれた晶人と様々だ。

何故か魂人が居ないが、偶然だろう。

道具屋に入ると品物が沢山置かれている。

回復用のポーションに始まり、種、汚れた紙、銅、金槌、鍋、フライパン、すり鉢、クワ、つるはし、スコップ、竿。

竿があった。

しかし木の棒に糸が括りつけられた、少年マンガにでも出て来そうなボロい竿だ。

と言っても、ここで竿を買わなければ釣りができない。

さてさて竿の値段は?

600セリン。

ステータス欄に載っていたセリンって金の事だったのか。

しかし100セリン足りないぞ。

何か売れる物は。

先程手に入れたばかりの解体用ナイフ、初心者用エネルギーポーション、現在着ている服。

肌の感触から下着はあるみたいだし、服位無くても後から購入すれば。

初心者用エネルギーポーションが一個20セリンで売れるみたいだ。

これを買い取ってくれ

はい、初心者用エネルギーポーションですね。一つ20セリンで買い取らせていただきます』

アニメか何かで聞いた様な声が道具屋の店主から聞こえてくる。

何のアニメだったか結構昔からいる男性声優だったはずだが忘れた。

まあ良い。今は買い取ってもらう事が先決だ。

初心者用エネルギーポーション5個で100セリンになります』

チャリーンという音が響きセリンが600になった。

そのまま竿を持って戻ってくる。

ボロい竿ですね。600セリンになります』

おい。

ゲーム上の仕様とはいえ、自分の店で売っている物をボロいって。

店内で商品を眺めていた人間のお兄さんが一瞬ブッ!』とか良い音出したぞ。

もしもこれが異世界転移的な現実だったら、ここで買い物二度としないわ。

NPCに突っ込んでもしょうがない。

俺は店主に対して湧き上がる感情を抑えながら、ボロい竿を手に入れた。

鰊と解体

その後俺事絆†エクシード』はボロ竿片手に地図上に青く塗られた場所へとやってきた。

文字通り水、というか海だ。

砂浜から竿を垂らすのもアレなので適当な橋を見つけ、そこに陣取って糸を垂らす。

事10分程。

未だに釣れていない。

竿の説明文を見る限り、釣り餌という魚が引っかかる確率を上げるアイテムが無くても釣れるそうなのだが、生憎と全然釣れない。

でもまあゲーム内とは言え青空を眺めながらぼーっと釣りをするのも気分が良い。

潮の匂いが現実と卒が無い。何より風は弱く、温度も快適、実に釣り日和と言える。

空の雲、普通のゲームなら動かないか、仮に動いたとしても同じ動きしかしない。しかし、眺めている限り何か物理エンジンで演算しているのか雲が飛散したり、大きくなったり、風に流されたりとさながら現実みたいだ。

そこのお方、竿が引かれていますよ

おお? 本当だ

ピクンピクンと微弱に竿の先端が振動している。

俺は直に立ち上がり竿を引っ張る。

それ程強い力を入れた訳では無いが簡単に持ち上がった。

ニシン獲得。

アイテム欄にニシンが入った。

本当に餌なしのボロ竿で釣れるんだな。さすがゲーム。

教えてくれてありがもういない。急いでいたのかな?

先程声を掛けてくれた人の感謝の言葉を伝えたかったか残念ながら既にいなかった。

移動途中に偶然見掛けて教えてくれたのかもしれない。

ともあれ釣れる事が分かったので、もう一度糸を垂らす。

ニシンか、京都料理に確かニシンを使ったのがあった覚えがあるな

道具屋に鍋とかフライパンがあった。

もしかしたら料理スキルで魚料理を作れたりするのかもしれない。

ニシンがいるという事はアジとか、イワシとか、サバもいるかもな。

ランクが上がればマグロとかタイも釣れるかも。

ちなみにマグロはどのマグロなんだろうか、ビンチョウマグロかクロマグロか、そもそもマグロは複数種類がいるのか。日本人的にマグロの種類は譲れないんだが。

そんな事を考えているとまた竿の先端がちょんちょんと揺れた。

またニシンか。

どうでも良いがニシンばっかり見ていたらニシンが食べたくなってきた。

今日の晩御飯はニシンにしよう。母さんにねだってみるか。

今日は会場に宿泊か、現実時間での話だがな。

ゲーム内だと後どれ位でゲーム終了になるのかね。まあ少なくとも今日明日で終わる訳は無いが。

ニシン数の子、身欠きニシン、にしんそば、塩漬け、燻製。

あ、そういえばシュールストレミングもニシンだったか。

シュールストレミング。

テレビでは見た事があるけれど、実物は食った事が無いな。

臭いが付くらしいから進んで食いたいとも思わんが。

料理スキルは取れたら取れば良いか。

しかし何で俺、ゲームの世界でニシンの事ばっかり考えているんだ?

釣れるまで何度も考えたが、結局答えは出なかった。

思ったよりも入れ食いだな

あれから二時間。

何故かニシンの事を考えていたという結末は伏せておくとして、結果は上々だ。

ニシン7匹、イワシ3匹、アジ1匹。

ゲームと現実を混濁するつもりは無いが、これが現実だったら中々の戦果だろう。

どれも食べられる魚だしな。

しかし大きさに差があるな

アジは一匹しか釣っていないので分からないがニシン7匹は大きさに差がある。

太いのと長いの。

これはニシンのレア度とか、品質値とか、そういう基準でもあるんだろうか。

同じ線で道具屋に銅が売っていたと思う。

あれも採掘して手に入れた奴は同じ理由で純度なんかがある可能性がある。

純度が高い鉱石を使った方が武器防具には良いんだろうな。多分。

そういえば解体用ナイフとか言うのがあったな。

この流れだと魚を解体できるかもしれない。

俺は腰に鞘と一緒に納められた解体用初心者ナイフを抜くとニシンに向かい合った。

どうやるんだっけ?

現実で魚なんて捌いた事が無いので適当だ。

確か鱗から落とすんだったか。

解体用初心者ナイフの峰の部分でニシンを削ってみる。

ゴリゴリという感触と共に鱗が何枚か剥がれ落ちる。

小魚の鱗を4個獲得。

おお、解体用ナイフ便利じゃないか。気に入った。

この流れだと肉や骨にもなりそうだな。

よーし!

あ!

気合が入って力が入り過ぎた。思いっきり解体用初心者ナイフがニシンの胴の辺りにメリ込んだ。すると肉にも、骨にもならずニシンが消滅した。

どうやら一応ここはゲームの世界らしい。

何か今まで現実とあまりに差が無いもんで、内心動揺している。

ともかく獲得したアイテムを全部解体してみるか。

結果、小魚の鱗27個、小魚の骨8個、ニシンの肉4個、ニシンのお頭1個、アジの肉1個、イワシの肉1個、という戦績だ。

なんか釣った量と肉の量が噛み合ってない様な気がしないでもないが良しとしよう。

単純なアイテム量では四倍近い。

ちなみに解体も結構集中が必要だ。ちょっとミスると消滅する。慎重にやった所為でほんの11匹捌いただけで三十分近く経っている。

まあそこ等辺はスキルを覚えると補正でも掛かるに違いない。

スキルといえば振ってなかった。ステータス画面を表示する。

エネルギー/1300。

マナ/65。

セリン/0。

おや、エネルギーとマナが何もしていないのに増えている。

なんでだ? ああ、スキルにエネルギー生産力とかなんとかあったな。それか。

マナ生産力Ⅰ

エネルギー生産力Ⅰ→エネルギー生産力Ⅱ。

毎時間100エネルギーを生産する→毎時間200エネルギーを生産する。

ランクアップに必要なマナ10。

マナ生産力Ⅰ→マナ生産力Ⅱ。

毎時間5マナを生産する→毎時間10マナを生産する。

毎時間エネルギーを0消費する→毎時間エネルギーを150消費する。

ランクアップに必要なマナ25。

これを見て思った。

うわ! 三時間分無駄にしてる!

俺は直に二つのスキルをⅡにランクアップさせる。エネルギーが1150になり、マナが30になった。どうやらスキルのエネルギー消耗はランクアップした直後から発生する様だ。

しかし良く考えると一時間毎にエネルギーとマナが増えるのは良くないか?

でも、通常の種族でモンスター狩ってレベルを上げた方が早いのか? どっちなんだ。

まあいい。どうせ俺はスピリットなのだから、これでやっていくしかない。

そこでスキル欄を見ていて、薄暗い文字でスキルの中にフィッシングマスタリーⅠという物が増えている事に気付く。一応この三時間は無駄では無かった様だ。ちなみにあの程度の量、魚を捌いた程度では解体マスタリーは出現していない。

フィッシングマスタリーⅠを取得しようと説明文を覗く。

フィッシングマスタリーⅠ。

釣竿を使った全ての行動に10%の補正を発生させる。

毎時間エネルギー100を消費する。

取得に必要なマナは30。

取得条件、釣竿によるアイテムの獲得数が10個を超える。

ランクアップ条件、釣竿によるアイテムの獲得数が100個を超える。

ギリギリ取得できるが、取得するとエネルギー効率が毎時間マイナス50になる。

これはダメだ。

下手をすると何もしていないのに死亡って事も考えられる。

フィッシングマスタリーはエネルギー生産力のランクが上がってから取得する事にしよう。そんな風に考えながら、もう一度糸を垂らす。

竿を垂らした瞬間、とんでも無い力で引っ張られた。

うわっうわわっ!

いきなりの事で竿を強く握っていた為、俺の身体、今は女の子の身体が引っ張られる。

単純なSTR、スピリットの場合エネルギーが足りていないのか、一応に踏ん張ってみた、がそのまま落ちた。

バシャーン、ブクブクブクという泡沫の音と共に身体が海水に浸かる。

一瞬、大きな魚が見えたが、直に視界から消えて行った。

くっ! フィッシングマスタリーを取得していたら釣れていたかもしれないのに。

逃がした魚は大きいというがともかく上に上がらないとな。

ゲームキャラクターだからか知らないが普段の俺より息が続く。俺は分身である絆†エクシードの小さな身体を見詰めながら橋の上に戻った。

ふぅ

橋に上がると衣服が濡れていた。そういう判定もあるらしい。

というかアイテム画面を眺めるついでにステータス画面を確認したらエネルギーが30減っている。海に落とされるとかもダメージ判定に含まれるのか。

それ以前に釣竿持って行かれた

呆気に取られるとは正にこの事だ。まさか初期資金とポーションを売って買った釣竿がこんな短期間で無くなるとは思わなかった。

はははっ良い度胸じゃないか

決めた。

あの魚、絶対釣って食ってやる。

商人アルトレーゼ

ふふふ

あれから十分後。

持っていた鱗や骨、魚肉を全て売り払い、もう一度ボロ竿を買い直して戻ってきた。

ちなみに今度は餌も買ってきた。

代わりに全財産が65セリンとすっからかんだ。

ともあれあの魚、絶対に食ってやる。俺は根に持つタイプだ。

対戦ゲームとかでも熱くなって紡と度々やるのだが、生憎と勝率はあまり高くない。あいつ、対戦ゲーム得意なんだよな。一番得意なゲームがFPSという、戦争の申し子とでも扱っておくか。

しかし自分でも思うが海に向かって不敵に笑う女の子とかドン引きだよな。

まあ良い。あの魚ぬしを釣ると決めた。

それがこの世界に俺がいる理由だと思うんだ。

なんかしょぼい気もするが、このまま黙っていられるか。

さて、餌を付けてっと

前回は何も付いてなかった釣り針に餌を付ける。

餌はミミズとかじゃなくて練り餌だ。

一番安い餌なのでしょうがない。金が溜まったらもっと良い奴を買う。今は我慢だ。

ちなみにルアーなんかも売っていたが湖とかもあるかもしれないな。

糸を海面に付けて竿の先に精神統一する。

雲なんかぼんやり眺めてられるか、俺はそんなに暇じゃない!

来た!

アジ獲得。

餌を付けた影響か食い付きが良くなった気がする。

さすがに餌なしで引っかかるバカな魚はそういないという事なのかもしれん。

餌の在庫は30個。30匹釣ったら、また道具屋にいかなくてはならない。

しかし竿が引かれた瞬間、感覚的にいつもと違う物を感じた。

気付いていないシステム的な何かがあるかもしれない。気の所為かもしれないが意識して釣りしてみよう。もしも釣れる魚や品質に影響があるなら大発見だ。

ちなみに品質は絶対にある。

道具屋でアイテムを売った時、一つ一つ値段が違った。

小魚ばかりだったので売却値段はどれも高くなかったが、小さな物で1~3、大きな物で10~30セリンも差があった。

エネルギー生産力がⅢになったらフィッシングマスタリーの取得は決定だな。

来た

今度は直に上げずに様子を見てみる。

やはり何か違う。

オーラの様な、例え様も無い浮き沈みが竿から両手に伝わってくる。

どの瞬間で引き上げるのが良いのか。

引きが強くなり、弱くなる。

若干、弱い時の時間よりも強くなった際の時間の方が短い。

今だ!

イワシ獲得。

釣れたのはイワシだが、今まで釣った事のあるイワシの中で一番大きい。

なんとなく鮮度も良い様に感じるので釣る際に判定があるはず。

こういうシステム、結構燃えるんだよな。

おお?

ぬし程では無いが今までちょんちょんという弱い感触では無く、竿が曲がる程度の強い引きを示している。

いや、まあ竿がボロ過ぎて性能の低さが原因かもしれないが。

逃がしたらもったいない。俺は先程と同じく引きの強い判定部分を意識して引っ張る。

キラーフィッシュ獲得。

なんだろう。この突然のモンスター臭。

今までニシンだのイワシだの釣れていたので実在に存在する魚だけかと思ったら違うっぽい。尚キラーフィッシュさん、アイテム欄に入れる際に鋭い牙の付いた口をガシガシと動かしていた。どう見てもモンスターです。

なんか場所が場所なら普通にモンスターとして登場しそうだよな、こいつ。

取り敢えず、少しコツを掴んで来たぞ。

この調子で魚を釣りまくってやる。

結果は30匹の内26匹釣った。

4匹は引きの強さを調整していたら逃げられた。

魚によって逃げられるまでの時間が決まっているんだと思う。

釣れた魚はニシン14匹、イワシ6匹、アジ3匹、キラーフィッシュ1匹、ボーンフィッシュ2匹と後半の奴はどうみてもモンスターだ。

ボーンフィッシュに至っては骨しか付いていない。

初めて釣った時、ちょっとビビった。

というか、こんな骨しか無い奴が海に住んでいると思うとちょっと不気味だ。

さて、ニシン一匹を残して全部解体するか

試しておきたい事がある。

解体して売った方がセリンを多く手に入れられるのか否か。

どちらにしても解体スキルを取得する為にやっておかないと行けないのは事実だが、金が沢山あって損する事はあるまい。

俺はその場で慎重に戦利品達に初心者解体用ナイフを向けた。

腹減ったな

あれから釣り→解体→売却→餌購入→釣りの無限ループに突入して数時間。

結論だけ言えば解体した方が総合的に高値で売れる。

餌も一つグレードアップしてミミズになった。

何よりも釣った魚の数が100を超えたので条件だけならフィッシングマスタリーをⅡにできる。まあエネルギー生産力をランクアップさせてからなのでしばらく先の話だろうが。

そんなこんなで早くも魚釣りに熱中していたらお腹が空いて来た。

セカンドライフプロジェクトというだけあって、空腹度が存在するのだろう。

現実でいうハっと気が付いたら空腹感を抱いた深夜二時の様な、あんな感覚だ。

何か食べるか

幸い、比較的金銭は潤っている。料理屋の値段が如何程なのかは知らないが、最初の街で高額請求されたりはしないだろう。

釣竿をアイテム欄に戻し、陣取っていた橋から街の中央へと向かう。

魚はまだ分解していないが、後で良いだろう。今は飯が食いたい。

進路方向の先、俺達プレイヤーが最初に現れた広場が見える。

人並みは最初と比べれば少なく、精々雑踏の数は10か、20か。

その中でアイテムの交渉をしていると思わしき人間と晶人がいた。

ゲームが始まってまだ一日も経たないというのに商売が成り立つのだろうか。俺はさり気なく会話が聞こえる距離まで近付く。

銅5個で375セリンだ

ありがとう。店売りは高くて助かるよ

どちらも初期装備なので判断に悩むが売っている方が商人、買っている方が鍛冶師、そんな雰囲気がある。

あ、そこのお嬢さん

交渉を終えた二人を横目に通り過ぎようとした瞬間、商人の方がこっちにやってきた。

なんだろうと思い。俺は後ろを振り返る。

女の子なんていないじゃないか。

いや、君だよ

俺?

そうそう君。オレっ子なんだね

そういえば俺は女キャラクターだった。

最初は違和感が凄かった声もいつの間にか普通になってきたのですっかり忘れていた。

いや、ちょっと事情があって女キャラ使っているだけだ

なるほどね

商人はかっこいい系の美形男子だ。

身長は俺より高い。現実の俺なら目算でどれ位か分かるが、ゲーム内となると俺の身長が分からないので相手の身長は不明。ともあれ見上げて目に入ったのは髪だ。色は鈍い金色、なんとなく実在しそうな色をしている。

で、何か用か?

いや、潮の香りがしたから、魚貝系のアイテムを持ってないかなと思って

匂い、するかな?

自分の匂いを嗅いでみる、が良く分からない。

一度海に落ちているので、匂い位するかもしれない。

するみたいだね。僕は草原の方に一度行ったけど、あっちは草の香りがしたよ

へぇ

潮の匂いだけだと思っていた。

結構手が込んでいるな。さすが高い金使われているだけある。

それで、魚か貝を持ってないかい? 知り合いに料理スキルを上げたい子がいるから店売りよりは高く買い取るよ

ふむ

右手を口元に当てて考え込む。

解体していないので魚は50匹位アイテム欄に納められている。

まあほとんどがニシン、イワシ、アジなのだが。

しかし解体スキルがまだ出ていないので多少安くても解体してから売りたい。

すまない。使用用途があってな。今回はやめておくよ

そっか。僕はアルト、チャットの時はアルトレーゼ』で送ってよ。今はそんなに買い取れないけど、アイテムなら何でも買い取るからさ

分かった。覚えておく。しかし、こんな早くから買い取りなんてできるのか?

まあね。前線で戦っている人から安く買って、欲しがっている人に店売りより安めに売るんだ。で、前線の人にはポーションを街より少し高く売る。そんな感じで一応もう8000セリンは持ってるよ

凄いな。本当に商人みたいだ

各言う俺は2700セリンだ。今持っている魚を売り、餌の代金を引けば4500は行くはずだ。それでも転売だけで8000セリンは商売人として凄いんじゃなかろうか。

ははは。何かご入用ならアルトレーゼ商会へ入店を! なんてね

なら、何か良い竿を売ってくれ。手に入ったらで良いんだが

竿か、道具系だね。材料があれば作れるけど、知り合いにいるから紹介しようか?

いいのか?

もちろん! 材料が無ければ僕から買ってくれるって約束ならね

中々に商売上手だ。

まるで本物の商人でも見ている様で面白い。ある種のロールプレイという奴だろう。

じゃあ頼む

毎度ありがとうございます

中々に堂に入った言葉使いだ。聞いていて清々しい。

案外リアルでは接客業とかやっていたりしてな。

それは何かの演技か?

そうさ。好きなマンガのキャラがこんな感じなんだよ

なるほどな

思いっきり外れている。

なんて考えているとアルトが良い顔と手振りと共に口を開く。

じゃあ連絡するからちょっと待っててね

ああ、ならついでに教えて欲しい事がある

不思議そうな顔でアルトが首を傾げる。

話をしていてすっかり忘れていたが、待つという言葉を聞いて思い出してしまった。

レストランってどこにあるんだ?

電球式釣り考案

ディメンションウェーブに来て初めての飯はアジとニシンだった。

例の料理スキルを覚えた子の所で直接魚を渡して焼き魚にしてもらった。

自分が釣った物というのも大きいが美味しかったので、ニシンを10匹ただで譲った。

ちなみに紹介料ついでにアルトにもニシン三匹渡したら喜んでいた。

もはやニシンが友好の大使だ。

それにしてもアルトは友好関係が広いな。β経験者か?

確かβテストの募集をしていたのを見た覚えがある。

いいや、βの経験は無いよ。というかβテスターは意図的に省かれるらしいよ

そうなのか?

アルトの話によると、なんでもβはゲームバランスの調整とイベントがしっかり起こるのかを確かめる為の物であって、基本的には製品版と同じく最初から最後までやるらしい。

そして会社の意向なのか、ゲーム内容を知っているプレイヤーを一緒に放り込むのはセカンドライフプロジェクトの趣向に合っていない。なのでプレイヤー全員が初心者の状態でゲームが開始されるという作りらしい。

情報漏洩はあったらしいけどね

それは俺も聞いたな。内容は知らんが

なんでもβテスターの誰かが匿名掲示板でゲーム内容の一部を暴露したという話だ。セカンドライフプロジェクトの契約書には禁止されている事項なので訴えられていた。という内容をネットで見たが、リアルタイムで見ていた訳では無いので具体的にどんな情報が漏洩したかは知らない。

それでどんな情報が漏洩したんだ?

ゲーム内では結構有名だよ? スピリットが弱過ぎるって話さ。確か覚えようと思えばスキルを際限なく取れるけど、ステータスが全種族最低だったかな?

さいですか

そう言えば君は何の種族だい? 見た事無いけど

俺は気不味そうに自分を眺める。

偶に薄っすらと半透明になる。それがスピリットの特徴だ。

そのスピリットだ。珍しいタイプだから強い方の種族じゃないのは分かっていた

そうなんだ。どう? スピリット

う~ん。ずっと釣りをしていただけだから分からないけれど、今の所特に困ったとかは無いな

ステータスがエネルギーで統一されているので些細なミスが致命的な弱体化を招くと考えるに弱いというのも納得は行くが。

だが、街で釣りとか生産職をメインにするなら相性が良いと思うんだが。

エネルギー&マナ生産力って何もしなくても経験値が入ってくる様な物だろ?

まあディメンションウェーブはゲーム内容的に戦闘職がメインっぽいが。

そっか~。使い心地とか分かったら教えてよ。情報漏洩の所為でスピリットって少ないから知りたい人は結構いると思うんだよね

ああ、気が向いたらな

じゃあ僕はもう行くから。買い取って欲しい物があったらいつでも連絡よろしくね

手を振るアルトに手を振り替えして答えた。

一度礼をしてからアルトは踵を返して次の商売へとは歩いていった。

俺は一度溜息を吐くとアイテム欄にある、アルトの知人に作ってもらった釣竿を眺める。

木の釣竿+2。

しなる枝、コモンワームの糸、銅の釣り針から作られた竿だ。

材料全ての入手先が違うらしいのでアルト様々といった所だな。

さて、+2になるのは単純な運だとアルトは言っていたが、多分違う。

おそらくは製作者のスキルレベルと実力、更に材料の品質だろう。

しなる枝、コモンワームの糸、銅の釣り針は見せてもらった在庫の中から程度の良さそうな物を選んで作ってもらった。なので多分合っている。

そして、合計なんと700セリン。

600セリンのボロ竿を買うよりも性能面を含めても得だと思う。

せっかく作った竿だからな。今度は持って行かれない様に気を付けよう。

おっとそろそろエネルギーとマナが増えた頃かな?

エネルギー/1320。

マナ/60。

セリン/2000。

スキル/エネルギー生産力Ⅱ。

マナ生産力Ⅱ。

エネルギー生産力Ⅱ→エネルギー生産力Ⅲ。

毎時間200エネルギーを生産する→毎時間400エネルギーを生産する。

ランクアップに必要なマナ50。

マナが足りているのでエネルギー生産力をⅢにランクアップさせた。

これで二時間後にはフィッシングマスタリーを取得できる。

スキルも振ったし竿も出来た。腹も膨れたし、第二ラウンドと行くかお!

そこで頭に電球が浮かんだ。

若干表現が古い様な気がしなくもないが、ともかく閃いた。

昼と夜で釣れる魚、違うんじゃないか?

空腹感といったシステムが存在するのだから当然睡魔とかもあるに違いない。

そうなると夜釣りをする場合、眠くなって行けない何て事もあり得る。

少し早いけど宿屋で仮眠でも取っておくか。

そうなると姉さんと紡に一報送っといた方が良いな。

カーソルメニューの中からチャットの欄を選ぶ。

考えてみれば二人ともフレンド登録してなかったな。

紡†エクシード』と入力してチャットを送る。

しばらくプルルルルと電話のシステム音みたいな音が耳に鳴り響く。

以前紡が電話と間違えていたがこれは間違えたのも分かる気がする。

絆お兄ちゃん? なにかあった?

ああ、今日はもう寝ようかと思ってさ。一応連絡しとこうと思ってな

え、もう寝ちゃうの? 早くないかな?

いや、昼と夜で釣れる魚に差があるか調べたくてさ

そうなんだ。分かったよ。奏お姉ちゃんにはわたしから伝えておくね

おう、助かる。そういえばそっちはどうだ?

ん~普通に戦闘中

おいおい大丈夫なのか?

あはは、五匹に囲まれてるだけだよ~

集中しろ!

ブツッ!

乱暴にチャットを終了させた。

そういえば以前にもFPSをやりながら姉さんと話をしていた事があった。

同じ戦場に俺も居たものだから、ちょっとイラっと来たのは秘密だ。

しかも普通にキル率が一番高かったという嫌な結末まで付いている。

そもそもよくよく考えて見ればディメンションウェーブの参加権を手に入れてきたのは紡だった。五匹位なら本当にどうとでもなるのかもしれない。

釈然としないが、宿屋でも探そう。

カーソルメニューから地図を呼び出し、宿屋を探す。

最初の街だけあってそこ等中にZZZ』などのマークが浮かんでいる。

その内の五店舗程良さそうな店を探す。

まあゲームなのでそんなに差は無いだろうが、店によって値段が違う。

最終的に安くも高くも無い中間の宿屋を選んだ。

一泊150セリンです

店のオーナーと思わしき女性、これまたどこかで聞いた女性声優の声だ。

俺は150セリンを支払うと部屋の鍵をもらって部屋に向かう。

尚、宿屋は金さえ払っていれば24時間いつでも使えるらしい。つまり宿で一度休んだ後買い物に行く、なんて事もできる。まるで旅行に来た様な気分だ。

ともあれ俺は宿の内装を眺める。

客は一人もいない。まあゲーム開始初日にこんな早くから宿を取っている人は少ないか。

俺が調べた店の中では、まあ普通のホテルって感じだ。一番安い店だと壁にヒビが入っていた。どういう使用用途なんだろうか。

ここか

鍵に101』という番号が書かれた鍵を鍵穴に差し込んで扉を開く。

部屋は普通の部屋だった。

リアルのホテルと比べると若干狭いが想像の範囲内だ。

俺はベッドに腰掛ける。俺の部屋のベッド位には柔らかい。

悪い言い方をすればホテルのベッドとしてはふかふか感が足りない。

まあ150セリンなんてはした金で止まれる宿だからな。

とりあえず寝よう

服と靴を着たまま寝るのは生活習慣的に躊躇われる。

俺は靴をその辺に放り出し、服を脱いだ。

すると下着姿の幼女が。

おっとそれをはずすなんてとんでもない』

魔が差した。

答えだけ述べると下着より先にはなれなかった。まあ普通に全年齢のゲームでそんなやらしいシステム内蔵している訳が無いよな。

ちっ

別にそれ程気にしている訳では無いが半ば冗談みたいな舌打ちをする。どうでも良いが当初の予定通りベッドで横になる。これまた俺の部屋と同じ位の暖かさの掛け毛布を掛けて目を閉じた。

すると睡眠薬でも入っているみたいに眠くなってきた。

もしかしたらシステムとして眠り易くしてあるのかもしれない。

現実でもコレ位寝付きが良ければ楽なんだがな。

なんてぼんやりとした思考の中で考えていると、いつのまにか俺の意識は完全に途切れていった。

リサイクル

ふぁ

随分と深く眠っていた。

こんなに気持ち良く眠れたのは何年振りだろうか。

ヴァーチャルドラックなんて最近では珍しくもない話だが、ゲーム内でこんなに気持ち良く眠れるなら、これだけで商売になるんじゃなかろうか。

えっとどれ位眠っていたんだ?

メニューカーソルに付属されている時計を眺めると22・07と表示されていた。

六時間位眠っていた計算か。

窓を眺めると外は陽が落ちて暗くなっている。

さて、フィッシングマスタリーを取得しとくか

エネルギー/2820。

マナ/70。

セリン/1850。

スキル/エネルギー生産力Ⅲ。

取得に必要なマナ30。

ランクアップ条件、釣竿によるアイテム総獲得数が100個を超える。

フィッシングマスタリーⅠを取得する。するとエネルギーが100消費されてエネルギー総量が2720になった。

尚フィッシングマスタリーⅡにする為に必要なマナは60だ。現在40なので足りない。

ともあれフィッシングマスタリーⅠを取得できた。これで多少は効果が期待できるだろう。まあさすがにあのぬし』は簡単に釣り上げられないと思うが。

寝る前に飯を食ったばかりな気がするが考えても見れば6時間経っているので食べても良いのか。とりあえず作ってもらった焼き魚のあまりでも食べよう。

アイテム欄からニシンの焼き魚を取り出し口に入れる。

冷めてる。これ、温度とかあるのか

前回は出来たてを食べたが、その時はアツアツだった。

て事はあれだ。アイスとかその手の料理の場合溶けたりするんだろうか。

まあドライアイスみたいなアイテムが存在するのかもしれない。

若干侘しい食事だが残っている料理を無駄にするのはもったいない。我慢だ。

飯も食ったし釣りに行こう。服は確かその辺に

あった。靴と一緒に俺が放ったままになっている。

直に着替えると木の釣竿+2をアイテム欄から取り出し、準備完了。

宿を出る。

店先で店員NPCがいってらっしゃいませ』とか言っていた。

外に出ると、街はかなり暗い。

シーンとしていて誰も歩いていない。

皆疲れて眠っているのか、あるいはまだレベル上げに勤しんでいるのかは不明だ。

というか暗いな。先がよく見えない

電灯などある訳も無く、松明なんかも無いので真っ暗だ。

地図をカーソルメニューから呼び出して現在地を確認しながら昨日と同じ橋に向かう。途中道具屋にも寄った。餌を買い忘れていたのだ。

そしてまさかの開店中。

リアルの個人商店も真っ青なサービス精神だ。ゲームシステム上しょうがないんだろうけどな。

あれか、コンビニエンスストア的な。

ともかく橋に到着した。

生憎と空は曇っていて月が隠れている。

その為、潮風と小さな波の音で海だとは分かるんだが闇が深く良く見えない。

カンテラみたいな道具が必要かもな。

とりあえず目を細めて大量買いした餌を銅の釣り針に付ける。

指を3回刺した。合計10ダメージ。

そして糸を海面に垂らすと今までとは違う引きを感じる。

強いと思う。

しかし、なんだろう。この単調とした引きは。

ともあれ力を込めて引き上げる。

×××を獲得。

ん? 暗くて良く文字が見えない。

良く分からんがアイテム欄に入れておく、陽が昇れば分かるだろう。

そして餌をまた付けて糸を垂らす。

おお! 糸を垂らした瞬間に魚が釣れる。

凄い入れ食いだ。

餌を300個近く大量買いしたが、足りないかもしれない。

よーし! 釣って釣って釣りまくるぞ!

朝になった。

今俺は膝と両手を地に着け頭を垂れている。

要するに(orz)こんな感じのポーズだ。

結果だけ述べるなら、200匹近く釣れた。

釣れた、というよりは引っかかっていたと表現した方が正しい。

獲得アイテム一覧。

空き缶137個。

長靴2個。

媒介結晶(未鑑定)。

ニシン40匹。

イワシ25匹。

スズキ12匹。

コモンダークフィッシュ4匹。

ゾンビフィッシュ3匹。

なんだってー!?

文字通り、なんだこれは。

ほとんど空き缶じゃねーか。

バカ釣れして喜んだ気分を返してくれ。

そもそも空き缶とか世界観的にどうなんだよ。

いや、こういう事もあるのだろう。

当初の目的である昼と夜で釣れる魚に変化がある事が分かったので良しとしよう。

この海どんだけゴミ捨ててあるんだよ。とか無粋な事は言わないさ。

尚、最後のどうみても不死属性の奴は無視する。

きっと解体すれば何かの材料になるだろう。いや、なってくれ。

そんな願望を抱きながら初心者解体用ナイフで釣れた魚の解体を始めた。

さすがに空き缶は解体できないだろう。

全部解体するのに2時間も掛かった。

解体スキルはまだ出現しない。一体条件はなんだ。

もしかするとこの武器で戦闘をする、とかそういう所か?

しばらくは釣りをする予定なので試しはしないが。

だが、時間に比例した量、アイテムを解体できた。

やはり解体武器は便利だ。

これは勘だが魚以外にも出来るはずだ。モンスターと戦う機会があったらやってみよう。

さて、アイテムを売るか

時計を確認すると09・27と表示されている。

さすがに商売根性逞しいアルトの事だ。もう起きているだろう。

一度チャットを送ってみよう。

確かアルトレーゼだったか。

アルトレーゼ商会云々という会話が妙に耳に残っていたので正確に覚えている。

紡にチャットを送った時と同じく電話音を聞きながらアルトの返信を待った。

はい、アルトレーゼです

耳聞こえの良い覇気のある声だ。

今日も商売一直線と言った所なのだろう。

ああ、俺だ

その声は昨日の女の子、じゃなくて女キャラを使ってるんだっけ

そう、その絆だ

絆って言うんだね。つい昨日は名前を聞きそびれちゃったよ

そういえばそうだった。

アルトの名前は聞いたが俺の名前絆†エクシード』という恥ずかしい名前は教えていない。というか意図的に言わなかった気もする。

まあチャットを送った時点で名前はバレているんだがな。

それで今日はどうしたんだい?

ああ、アイテムを買い取って欲しくてな。魚ばっかりだがいいか?

もちろんだよ。今どこにいる?

地図に載っている海沿いにある橋の右側なんだが

俺達はお互いの場所を教え合い、結局昨日と同じ場所で落ち合う事になった。

橋から急いだつもりだったがアルトは既に来ていた。

昨日は初期装備だったが新しくなっている。

中々に羽振りが良さそうだ。

やあ、絆。魚って言っていたけどどれ位あるんだい?

ああ、これ位だが

俺はアルトが送って来た交換ウィンドウに了承を選択する。

普通に手渡しでも渡せるがアルト曰く、大量なアイテムを交換すると商談の場合こっちの方が良いそうだ。

俺は分解された鱗、骨、肉、お頭、牙、背ビレなどを交換ウィンドウに乗せていく。

既に調理済みだけど、随分と沢山あるね。驚いたよ

調理済み?

解体済みでは無くか? と口にしようとした所で先にアルトが喋る。

うん、昨日絆と別れてから分かった事なんだけど、料理スキルの包丁を使って魚を調理すると何個かアイテムが増えるんだよ

て、事は絆も料理スキルを取得したんだね。何か材料が必要だったら売ろうか?

いや、料理スキルは項目が出てすらいないんだが、と口にしようと思った所で思い留まる。

アルト程の友好関係が広いプレイヤーが解体武器の使い道を知らないはずが無いはずなんだがもしかして何かあるのか?

アルト、全く関係無いんだが、解体武器ってどういう効果があるんだ?

え? 確か武器によって特定種族に対するダメージが高いんだったかな。と言っても基礎攻撃力が低いから使っている人は少ないけどね

なるほど

後、該当モンスターを倒した時に時々普通とは違うアイテムが出る位だよ

これはまさか、使用用途が判明していないって奴か。

俺の知る限り、魚を慎重に解体すれば鱗や肉などにできる。

だが、その情報は料理スキルで代用できるらしく、そっちの方が効果として見られている様だ。それなら、無理に言わずに金稼ぎに使えるか。

無論、遅かれ早かれ周知の事実になるだろうが、この手の情報は知られる前に使えば荒稼ぎできる。ゲーム開始時には良くある話だ。

それで解体武器がどうしたんだい?

ああ、俺が使っている武器なんだ。そうか特定種族に特化の武器か

なるほどね。絆は本当に珍しい事が大好きなんだ

まあな

それじゃあ、この数だ。合計6000セリンでどうだい?

そんなにか?

当然の様にアルトは言ってのける。昨日は8000セリンが全財産と話していたが、俺がのんびりしている間に随分と稼いだみたいだな。

料理スキルは時間が掛かるでしょ。時給換算だとこんなものだよ。それに量も多いし、現在の相場だと少し安い位だからさ

安く仕入れて安く売る。昨日言っていた転売方法か。

なら良いだろう。NPCに売るよりも遥かに高額だしな。

俺は交換承諾の項目をOKを選択して6000セリンを受け取った。

毎度ありがとうございます。また売るアイテムがあったらいつでも呼んでよ

ああ、次も頼む

さて、俺はアイテム欄にある残った空き缶を眺める。

正直137個あっても困るだけなんだが。

NPCに見せても1セリンと5セリンだった。

違いはアルミニウムとスチールだ。

待てよ? アルミとスチールか。

なぁアルト。もう一つ聞きたいんだが空き缶って今どれ位で売れる?

空き缶かい? 残念ながら捨て値だね。店売りした方が良い位だよ

そうか気になるんだが、空き缶ってアルミとスチール、だよな?

意味のある様に、声を低くして告げるとアルトはハッとした顔した。

なるほど。溶鉱炉でインゴットにできるかもしれないのか!

溶鉱炉なんてあるのか

うん。製造系スキルの中に鉱石を溶かしてインゴットにする奴があるんだ

じゃあこれでできるかは分からないが調べてもらえるか? もしも本当に溶かしてアルミや鉄になるなら沢山あるからさ

再度交換ウィンドウを開き、俺はアルミとスチールの空き缶を5個ずつ渡す。

ゴミの空き缶が何かの役に立つなら安い出費だ。

仮にインゴットに出来なかったとしてもはした金、あってない様なもんさ。

絆、ありがとう! もしかしたら凄い儲け話かもしれない!

ああ、もしも当たっていたら俺にも一枚噛ませろよ

もちろんさ! じゃあ急いで真相を確かめてくるよ!

水を得た魚の様にアルトは元気に手を振りながら走り去っていった。

きっと一時間もしない内に真相を知らせてくれるだろう。

金が大分増えたな。何か装備品でも買うか

武器はもしも鉄になるとしたら情報料ついでに作ってもらうとして防具か。

現状明らかに戦闘スキルは皆無なので軽い衣服で良いと思う。

靴は長靴、履けるか?

アイテム欄から長靴を取り出す、そして今付けている初期装備の靴を脱いで長靴に足を突っ込んでみた。

まさか本当に装備できるとは

ここに長靴幼女が誕生した。合羽と黄色い傘があれば完璧だな。

冗談はさておき、防具屋か服を売っているプレイヤーでも探そう。

俺は長靴を履いたまま辺りを歩き始めた。

その後の話をしよう。

俺の勘は見事に的中し、空き缶はアルミニウムとアイアンのインゴットになった。

アルトと鍛冶スキルの人は情報を秘匿。俺は密かに釣りで空き缶を釣りまくり、気付かれない様に渡すという行動を繰り返す。

そうして三人で荒稼ぎしていたが五日後、ついに鉄鉱石が取れる場所が見付かった。無論空き缶から作られたインゴットの品質はあまり高くないので自然と儲けは減り始め、空き缶商法はアルトと相談の後、解散となった。

ともあれ空き缶商法でスタートダッシュするには相応のセリンを稼いだのも事実。

アルトとはその縁もあってフレンド登録までした。

また儲け話があったらよろしく頼むよ

なんて言っていたので相当気に入られたのだろう。

尚、理由は不明だが空き缶は夜にしか取れない。

後にアイアンの下落と共にアルトは情報を公開。やがて金銭的に困る釣りスキル持ちと溶鉱炉を使える鍛冶スキル持ちが行なう金策の一つとして使われていく事になる。

復讐と成果

さて、そろそろあの魚に復讐する時だ

空き缶商法で荒稼ぎしていて忘れていたが俺の目的はあくまでぬし』を釣り上げる事。間違っても空き缶を釣る作業ではない。

エネルギーやスキルも一週間で相応にランクアップした今ならばもしかしたら釣れるかもしれない。一応ステータスを確認する。

エネルギー/6340。

マナ/150。

セリン/148540。

スキル/エネルギー生産力Ⅵ。

マナ生産力Ⅳ。

フィッシングマスタリーⅢ。

解体マスタリーⅡ。

元素変換Ⅰ。

エネルギー生産力Ⅵ。

毎時間2000エネルギーを生産する。

ランクアップに必要なマナ2600。

毎時間50マナを生産する。

毎時間エネルギーを1400消費する。

ランクアップに必要なマナ3200。

釣竿を使った全ての行動に30%の補正を発生させる。

毎時間エネルギー400を消費する。

ランクアップに必要なマナ400。

解体武器を使った全ての行動に20%の補正を発生させる。

毎時間エネルギー200を消費する。

ランクアップに必要なマナ200。

アイテムをエネルギーに変換する。

消費エネルギーが生産量と同じだが元素変換Ⅰのお陰でギリギリ+になる。

マスタリースキルは獲得アイテム数でランクアップ条件が開く。

フィッシングマスタリーは釣った魚の数。

解体マスタリーは解体で手に入れたアイテムが1000個を超えたら出た。

Ⅰは比較的に少ない量だがⅡからガクンと増えてフィッシングマスタリーは100匹、500匹、1000匹と増えた。解体マスタリーの方も同じく相応に増えていく。

アルトから聞いた話では戦闘系のマスタリーは該当武器で倒したモンスターの数らしい。

そして俺と同様、気付いている奴が公言しないのか、実際に知らないのかは不明だが解体武器は相手にあった武器を使うと特別なアイテムが出る、という噂が広まった。

攻撃力が低いので解体武器=地雷みたいな扱いを受ける。

まあいずれ気付くだろう。お前等が地雷と言った武器が必須な事に。

そうして俺は今、藍色の服蒼蟲の服』を着ている。

釣り仲間の間では夜釣りをするなら明るい色よりも暗い色の装備をした方が、魚が沢山釣れるというジンクスが存在する。

なんでも現実の夜釣りでも、そうなんだとか。

偽りか真実かは不明だが空き缶商法の影響、夜釣りばかりしていたので俺も願掛けにこの服を着ている、という訳だ。

ともかく俺は今日も今日とて糸を海に垂らす。

ちなみに今は朝だ。

あの日ぬし』は昼間に引っかかった。可能性の話だが、昼に釣れると思う。

今日は一週間振りに兄弟今は姉妹で集まる事になっている。

俺の一週間の成果を見せる為にぬし』を絶対に釣り上げる。

そう意気込んで既に10時間。

今日は早朝6時から糸を垂らしているが生憎とニシンばかりでぬし』が掛かる気配すらない。

あの時ぬし』が引っかかったのは本当に偶然なのだと思う。

だからこそ、俺は何日経とうとぬし』を釣る。そう決めた。

またニシンか。今日は妙に多いな

フィッシングマスタリーのランクが上がる毎に他の魚を釣る確率が上がっていたはずなのだが、今日は何故かニシンしか釣れていない。

趣味アイテムとして買った釣り籠にニシンがひしめきあっている。

ニシンの神様が化けて出たりしてな

まあゲームの世界で神様が現れるとは思えんが。

いや、ゲームの世界だからこそ神様という偉大な存在がいるのか?

海面に不自然に大きな黒い影が映る。

俺は来たか! と、期待を膨らませながら竿を強く握る。

焦るな。決して焦るな。けれど心は熱く保て。

あの頃の俺とは違う。絶対に釣って食ってやる。

コイコイコイコイ

ぶつぶつと念じながら、影ではなく竿の先端に意識を集中する。

今日まで魚を釣る際にして来た基本の動きだ。

ガクンッ!

あの日感じた海に引き込まれる力強い引きを受ける。

俺は立ち上がり両手両足に力を込めて踏ん張る。

そして直に竿に掛かる強い引きを感じ取った。

通常の魚と比べて明らかに引きの判定が難しい。

まるで点の様なアタリ判定を逃さず、引きが強くなる度に引っ張る。

ぐいぐいと引っ張ってくるがこちらも負けない。

フィッシングマスタリーⅢ舐めるなよ!

慎重に、迅速に、されど確実な攻防を続ける。

今まで戦ったどの獲物よりも強い引き。正にぬし』の引きだ。

そんな戦いを30分は続けただろうか。

ぬし』の力が弱り始めた。

俺はその好機を逃さず、追い詰める。

竿からは軋む音が響き、こちらも肉体はゲームなので問題ないが、いつ集中力が尽きてもおかしくない。

決戦をしかける!

点の様な小さい引きを断続的に引っ張る。

そしてぬし』が海面から大きく跳ね上がり

あはははは! 何それー! デカ! ニシンデカ!

俺は今、ブスーっとした表情で紡と奏姉さんと合流した所だ。

背中には巨大な魚訂正しようぬし』事巨大なニシンを背負っている。

まさかのぬし様はニシンでしたよ!

巨大ニシンを背負って歩いていたら人に指差されるしさ。大変だった。

一度アイテム欄に入れようか、そんな風に思っていた時に姉さんと紡に遭遇したって感じだ。

今俺は紡にスクリーンショット要するに写真を撮られまくっている。

スクリーンショットはキャラクタークリエイトに使用したUSBメモリに記録する事ができる。斯く言う俺も釣った魚を何匹か撮ってある。もちろんぬし』もだ。

しかし先程から俺を目撃して驚いた人がカメラのポーズをするのは何故だろうな。

紡笑っちゃダメよぷっ!

あんたも同類だよ!

いや、まさか俺もあのぬしがニシンだとは思わなかったさ。

しかし何故ニシン?

そんなに美味しい魚のイメージではないんだが。

ともあれ、俺は二人と合流を果たした。

二人のゲーム内の外見を始めて見るが一言言わせて欲しい。

何故に俺が一番チビ?

もう一人妹が欲しかったの~

姉さんの種族は人間。

美形なのはゲームなので当たり前だが、造詣は凝ったのだろう。量産型とは一風変わった艶のある凹凸のある外見をしている。

現実でも胸は程々に大きいが、こっちでも大きい。

何故か微妙にこだわっているらしく、垂れ気味な胸だ。

あたしも妹が欲しかったの!

紡の種族は亜人。

狐耳がぴょこんとアクセントになっており、なんとなく顔の造詣が姉さんと似ている。

胸の方は大きくも小さくも無い。良く言えばギャルゲーのメインヒロイン程度のサイズ。

身長は俺より若干高い程度の中学生位だろうか。

それで俺がロリな訳ね。はいはい、ワカリマシタヨー

そして俺が魂人。

若干透明色に近い身体。ぺったんこな胸。小さな体格。

二人と、それとなく似た容姿。

うん。確かに姉妹、というのはなんとなく分かる。

思わず溜息が出そうだ。

言いたい事が無いのは嘘になるけど、今はいい

完成された美幼女の姿に感嘆の吐息が止まらないのね!

それで二人は一週間どうだった?

流された!

姉さんのふざけた物言いをスルーして話を進めた。

まともに相手したら陽が暮れるからな。

すっごく面白かった!

やっと安定してきた所かしら

二人は各々に一週間の話をし始めた。

紡はなんとなく分かる通り、廃人プレイを勤しみ、俺達の中で一番レベルが高い。

俺はレベルが無いので分からないが、一日のほとんどをレベル上げに費やしているのだから最初の街から一歩も出たことが無い奴よりは確実に強いだろう。

なんでも第二都市開放の為に立ちはだかったボスを仲間達と倒したんだとか。

奏姉さんの方は堅実なプレイスタイルをしている。

姉さんはどちらかと言えばFPSやアクションが得意な紡と違ってRPGが得意なタイプだ。なので確実に、失敗しない強さを獲得している。

仮に姉さんと紡が戦えば、姉さんがOKを出した時、紡の方が倒れているはずだ。

無論、戦争の申し子である紡相手に姉さんがOKを出す事はそうそう無いが。

そんな姉さんが本気を出して、紡の様な最前線にいないのは武器選びに三日も費やしてしまったからだそうだ。

自分に合うスタイルで無いと安心して戦えないと、全ての武器を試したというのだからゲーマーの鑑とでも評価しておこう。

絆お兄ちゃんはどうだった?

ああ、程々に面白いぞ。魚釣り

え? 絆、釣りしかやってないの?

そ、そうだけど? 何を隠そうこの街から一歩も出ていない!

二人から変態を眺める冷たい視線が!

特に何か目覚めない俺はMでは無いのだろう。心の底からよかった。

ん~絆お兄ちゃん、第二都市の方に川があるから行って見たらどうかな? 使ってる武器なに?

解体ナイフ

攻撃力に問題があるのよね~。モンスターを倒すと武器に応じてドロップアイテムが増えるだったかしら

そうそれ

どうやら本来の用途は前線プレイヤーの二人でも知らない事らしい。

二人からすればネタ武器なのかもしれない。

それでしか手に入らない奴があるから、手に入ったらちょうだい!

そうなのか

結構多いのよね。だからプレイヤー間取引で高くても買う人は多いわ。でも威力が低いから使う人が少ないのよ~ドロップもそんなに多い訳じゃないから

なるほどな~じゃあそろそろ俺もモンスターと戦ってみるかな

面白い話を聞いた。

もしかしたらモンスターの方も解体が通じるかもしれない。

言葉通り明日からはモンスターと戦ってみよう。

となると武器をそろそろ買わないとな。

あまり必要を感じなかったから空き缶商法の時も結局新調してなかった。それに該当する武器でモンスターを倒すと言った。

そうなると初心者用では解体できないかもしれない。

絆お兄ちゃん用に良い装備買ってあげようか?

妹に奢られるのは兄としてのプライドがな

何言ってるの~普通のネットゲームだといつもレアアイテム貸して上げてるじゃない

そうでした。

このゲームはリアリティが高いので度々現実の様に感じるがゲームでしたね。

まあでも金には困ってないから、紹介してくれれば自分で払うぞ

魚釣りしてただけなのに?

つい最近まで売ってたアイアンのインゴットあったろ?

え? うん。昨日まで使ってた

実はな、アレの材料を集めていたのは、俺だ

そうなの? 材料なんだったの? アルトレーゼって人が企業秘密とか言うから分からなかったのよね~

鉄鉱石が出て来たから、情報公開する事になってな。まあそれで金には困ってないんだ

それでそれで、どこで手に入るの?

ぴょこぴょこと狐耳が跳ねる紡へ不敵に笑い口を開く。

あれの材料、空き缶なんだぜ?

二人の驚く顔を眺めながら、俺はこの一週間に多少の満足感を得たのだった。

武器と船

翌朝。

俺は宿屋の自室で巨大ニシンを解体していた。

初心者用解体ナイフでは大きさに問題があり、捌き辛いがゆっくりと解体していく。

マグロ包丁でもあれば良いんだが、生憎とそんな物は持っていない。

まずは鱗を峰で一枚一枚剥がして行き、鱗を全部剥がし終わったら腹下に刃の先端を差し込みサーっと尾の方まで一気に引き裂いて開いていった。

最終的に取れた材料は

低級王者の鱗、低級王者の髭、低級王者の牙、低級王者の心臓、低級王者の瞳、低級王者の太骨、最高級ニシンの肉、最高級ニシンの卵。

こんな感じだ。

このニシン、メスだったんだななんてアホな事は言わない。

解体マスタリーもⅡなので多少は補正を掛けてくれる影響、幸いにも全て捌けた。ちなみにこの後、紡の知り合いに武器と防具を作ってもらう約束をしている。

ぬしから取れた素材があるので、もしかしたら良い武器が作ってもらえるかもしれない。

勇魚(いさな)ノ太刀というのが作れるね

そう言ったのは紡の知り合いの鍛冶師だった。

前線で使われている武器の半分を作っていると噂が立つ程の腕前で、今人気上昇中。

種族は晶人。

胸に付いた赤い宝石が煌いて、かっこいい。

ちなみに女性だ。どうでもいいが、そこは男として気になる所。

それにしてもこんな材料どこから手に入れたんだい? 職業柄色んな材料を見てきたけどこんな材料は始めてだよ

えっと海で釣ったんです

ああ、昨日第一で騒がれていたのは君か!

どんな風に騒がれていたのでしょうかね。

ともあれぬしの材料から強そうな解体武器が手に入る。

俺はキラキラした目で見つめていると鍛冶師の女性は照れ臭そうに金槌を握る。

武器作成!

そう叫ぶと金槌が神々しく光る。

その光は使うランクの高そうな携帯溶鉱炉などにも伝染して、材料を溶鉱炉に入れる。するとドロドロになった溶け出た光る液体が金敷に広がり、カンカンと金槌を強く叩いた。

実際に鍛冶がどんな手順なのかは知らないが、見ていて面白い。

鍛冶師も面白そうだな。まあ今は釣りと解体だけで精一杯だが。

それからどれ位か経った頃、勇魚ノ太刀は完成した。

結構デカイな

太刀というだけあってかなり大きい。

某狩猟ゲーにでも出て来そうな。そんな大きさだ。

これで解体系の武器だと言うのだから二度目の驚きだ。

おや? +が付いている。10本に1本位しか起こらないのだが、君は運が良いね

渡されたのは勇魚ノ太刀+1、思ったよりも軽い。

きっと解体マスタリーの補正があるからだろう。

そういえば思い出した。勇魚は鯨の事だったはずだ

鯨用の武器かは知らないが、あんなに大きな生物を切る為の刃物なのか。

切り札として持って置こう。

そんな感じで他、鉄ノ牛刀、アイアンガラスキ、アイアンペティナイフ、の三つも作ってもらった。

上から獣系、鳥系、植物系の三つだ。

ありがとうございましたー!

いや、こちらも珍しい武器を作れて楽しかった。君さえ良ければ面白い材料を見つけた時は私の所に来て欲しい

良いんですか? 俺は前線組では無いですよ

ははは、客は選ばないさ。無論、人によっては作らない事もあるがね

なんというのかアルトとは別の方向でロールプレイ入った人だ。

俺も少しロールプレイした方が良いんだろうか。隠居した釣り師みたいな感じでさ。

私はロミナ。ローマ字でrominaだ

俺は絆、妹と文字違いで絆†エクシードで繋がるからいつでも連絡ください。まだ材料はそんなに稼げてないけど、その内優先的に売るんで

それは助かる。解体スキル持ちは少ないからね

そんなに少ないんですか?

断言できる。少ないよ。特定武器で必ずドロップするなら良いんだが、ドロップ率はあまり高くないし、熟練度上昇速度も最低だと聞いたよ。更にお世辞にも強いとは言えない火力だからね

だから手に入った解体スキルのドロップ品はなんでも買い取るよ。幸いにも私は金銭的には困っていないからね。連絡を待っている

分かりました

では、また会おう

そう行って移動アイテム。一個1000セリンもするアイテムで飛んでいった。

前線の鍛冶師は儲かっている様だ。

さて俺も道は違うが一歩進むとしよう。

そう息巻いて街からフィールドへモンスター狩りに行こうと思った瞬間、一つの露店に視線が向く。既にメインの商売人や製造スキル持ちは第二都市に移住を始めたそうなのだが、まだまだ第一都市で商売している人も多い。

そんな中、露店商人の一人が売っている商品が俺の心を揺さぶった。

船。

人が二人位しか乗れない小さな手漕ぎボート程度の大きさの、船だ。

売っているのは蒼い宝石が胸に輝く晶人の少女だ。ボーっと空を眺めている。

第一印象はアルトと比べると覇気がない。

装備はここ等の製造職が付ける一般的な安めの衣服。好みなのか、オーバーオールだ。田舎臭いという理由で着ている人は少ない。俺は好きでも嫌いでもないが。

そんな事よりも船に視線を集中させる。

これがあれば、海でもっと釣りができるのではなろうか。

ずばり、欲しい。

なに?

ボーっとしていた少女が一言、ボソっと呟く。

なんていうか、商売下手そうだな。

これ、何セリンだ?

4万

4万か! 良かった、10万とか言われたらどうしようかと思ったよ

今まで船が売っている所は見た事がない。

下手をすればそれ位するかもしれないと不安だった。しかし4万セリンなら多少出費は嵩むけど、買えない額じゃない。

じゃあ、4万セリン渡すな

交換ウィンドウに4万セリン入力する。すると置かれていたアイテムが姿を消し、相手の項目に木の船+3と表示された。

+3なのか。結構良い物じゃないか

一応材料は選んだから

あ、品質について気付いているのか

一部の製造スキル持ちは気付いてる

まあそうだろうな。

単に釣りで魚を釣るだけの俺ですら気付いているんだから、気付いていて当たり前か。

でも、4万をホイって出せるって、あなた、金持ち?

そうでもないさ。ちょっとしたあぶく金でね

空き缶商法の賜物ですよ。

十分稼がせてもらったので、使う時には使う。

金持ちは皆そう言う。貧乏人は文句付けて来る。お約束

なんかあったのか?

別に船が高いって言われただけ

高いのか?

材料と経費でそれ位

じゃあ文句言われる筋合いはないな。気にするだけ無駄だ

船というと木工系かな? どんなスキルがあるのか詳しく知らないが、そんな所だろう。

オールも付けておいたから使うと良い

おう、ありがとう。船を新調する時はまた買うな

掴み所のない船職人だった。

ともあれ船を手に入れた。

街を出てモンスターを狩る予定だったが、俺は反転してまたもや海へ向かった。

検索サイトで鯨包丁と調べると剣士専用装備が(笑)

水平線の可能性

いつもの橋の前でアイテム欄を表示させた俺は、木の船+3を浮かべた。

そして転覆しない様にゆっくりと乗る。

おお、現実でボートに乗った事があるが、違和感がない。

ともあれオールを使って漕ぎ始める。

中々進まないな

おそらくこれにもスキルがあるのだろう。

乗船スキルか、それともオールスキルか。

ともかく俺は大海原に繰り出すぜ。

1時間経過。

スキルなしの影響か、まだ陸が見える。

いや、あまり離れすぎても危ない。そろそろ釣りを始めよう。

ん? なんだ、あれは

陸とは間逆の空から一つ、黒い影が向かってくる。

良く見てみると鳥だ。

鋭いくちばしを持った鷹みたいな鳥。鷹より若干大きい。

モンスターじゃね?

俺は勇魚ノ太刀を取り出す。

が。

ガクンと船が揺れて、落ちそうになる。

くそっ! 重過ぎるのか!?

おそらくは船に重量判定でもあるに違いない。

直に勇魚ノ太刀を仕舞ってアイアンガラスキ、鳥型モンスターと相性が良いという解体武器を手に持つ。

よし! 今度は沈まない。

今だ。食らえっ!

アイアンガラスキを大きな鳥、キラーウイングに振るが当らずにカラぶった。

船の上という事もあるが、戦闘には慣れていない。

その隙を突いてキラーウイングは特徴であるくちばしで突いてきた。

くっ!

50ダメージを受けた。

ステータス画面を眺めるとエネルギーが50減っている。

全てのステータスがエネルギー計算されるとは聞いていたが、こういう事か。

システムに納得しつつ向けた先にいるキラーウイングは更に攻撃を仕掛けようとしている。

くそ、形振り構っていられない。

俺はもう一度アイアンガラスキを振る。

ザシュッ!

そんな効果音と共にキラーウイングに命中。HPが三分の一減った。

これでも鉄を使った前線組でも使われている高価な武器なんだがそれとも、キラーウイングが強いのか? どっちでも良い。今はこいつを倒す事だけを考えよう。

てい!

俺はもう一度手に持った武器に力を込めて振った。

殴り合いの結果550ダメージ。獲得エネルギー量は300だった。

見事にマイナスだ。

自分で自分に言い訳するなら、船の上では足が引っ張られる。

地上だったら、もっと上手くやれたと思う。

ともあれ俺は周囲にあの鳥がいない事を確認して釣竿を取り出す。

餌は事前に買ってある。

今回はなんと小海老だ。

ミミズより上位の餌で、一個単価で結構高い。

船購入記念といった所か。

優越感に浸りながら、糸を海に垂らす。

いつも通り集中の先を竿の先端に向けてひたすら待つ。

タイを獲得。

おお! ついにタイだ。

初めてスズキを釣った時も感動したが、引きが結構重かった。

これもフィッシングマスタリーⅢのおかげだな。

直に餌を付け直し、釣りを再開する。

ぐいっと強い引きがやってくる。

巨大ニシンと比べると何段階も劣るが、今は慣れない船上。こっちは逆に力が入らない。

しかし負ける訳にはいかないと今までの基本を忠実に力を込める。

クロマグロを獲得。

よっしゃ! ついにマグロだ

これは船を買った甲斐があったな。

高鳴るテンションを胸にマグロをアイテム欄に入れようと近づける。

うわっ! 一瞬船が沈みそうになった。

直にアイテム欄に被せて無理矢理押し込む。

そんな感じで俺は充実感にも似た感動を抱きながら、もう一度糸を垂らしたのだった。

あれから一週間経った。

俺は当初の目的をすっかり忘れ、釣りに勤しんだ。

いや海釣り、思ったより楽しくて。

時に陸地が見えなくなるまで進み、モンスターに囲まれ命からがら脱出したり、アクアホエールというシャチっぽいモンスターに殺され掛けたり、ブルーシャークという名のモンスターに船を破壊されかけたり、ブレイブバードという大型鳥モンスターに追われながらも釣りを続けた。

最終的には最初のクロマグロが釣れる場所が一番安全だという事実が判明したというのがアレだがともあれ、舵スキルと船上戦闘スキルが項目に増えた。

どちらも船で行動する事で重要となってくるスキルだ。

舵スキルは船をコントロールする効果があって、オールでも効果がある。

船上戦闘スキルは答えるまでもなく、船の上で発生するマイナス補正を解消する。効果を見る限り、ランクアップを繰り返せば船の上で追加補正も付くらしい。

だけど、もっと向こうに行きたいな

アルトの話では、もうそろそろ第三都市への道が見付かってボスとの戦闘になるんじゃないか、と噂されているらしい。

その話を聞くと、俺何やっているんだろうとか若干自問自答したくなるが、俺は海を見て思う。

この海の先に何があるのか見てみたい。

絶対何かある。でなきゃ、こんなに海にモンスターがいる訳がない。

だが、能力的にまだ無理だ。

下手に無理してエネルギーを失うのは一番ダメだし、シャチやサメは俺より強い。

今は堅実にエネルギーとマナを稼いで強くなるのが先決だろう。

一応は元素変換を使ってマグロやタイからエネルギーを増やしてはいるのだが、やはり時給換算にして、どんなに多く見積もっても1000が限界。

もっと漁生活をしていたいが、俺は更なるステップアップの為、陸での戦いを決意したのだった。

どうでも良い補足だが、マグロとタイのアイテムがかなり良い値で売れた。

グラススピリット

ラファニア草原。

二週間遅い気もするが、俺は第一都市ルロロナの門をくぐった。

そこには蛇の様に長い道と草原が広がっている。

レベル上げを始めるには遅過ぎるのだろう。人の影は無い。

ともあれ俺は一番攻撃力の高い勇魚ノ太刀を背負って歩き出す。

しばらく歩いていると前方にコモンウルフという犬型モンスターを発見した。

俺は背負っている太刀の柄を力いっぱい握ってジャンプ切りをかます。

ズバンッ!

爽快感のある音と共にコモンウルフが真っ二つになって消えた。

は?

それにしても一撃で倒してしまうとは、この武器はどれだけ威力があるんだ。

しょうがないので太刀を仕舞って、鉄ノ牛刀を取り出す。

鉄ノ牛刀は刃渡りの大きい包丁といった作りで、威力は高そうだ。

太刀と比べても軽いので索敵も快適になった。

もう一匹あそこにいるな

最初のフィールドだけあって、モンスターから攻撃は仕掛けてこない。いわゆる練習用モンスターといった所だな。

ふん!

牛刀をコモンウルフに振るう。

さすがに一撃とはならず、コモンウルフのHPバーが四分の三も削れる。しかし喜びも束の間コモンウルフが好戦的な声を上げながら飛び掛ってきた。

うわっ!

まだ戦闘に慣れていないというのもあるが、俺は今までVRゲームをまともにプレイした事が無い。子犬とほとんど変わらない大きさだが飛び掛ってきて少し腰が引けた。

5のダメージが入り、エネルギーが5減少する。確かにこれはエネルギーを稼ぎ辛い。スピリットが弱い種族だと言われるのも納得が行く。

これ以上エネルギーが減らされるのはごめんだ。

もう一度、今度は突き刺す様にコモンウルフに突進した。

すると見事命中し、コモンウルフは地面に倒れ伏せた。

ふぅ武器が優秀で助かったな

初心者用ではこうは行くまい。

更に俺はエネルギーが少なからず多めに持っている。

そういう面も含めて簡単に倒せたに違いない。

さて試してみるか

先程の真っ二つになったコモンウルフと違い、こちらは死体が残っている。

俺は鉄ノ牛刀をコモンウルフに向ける。

魚と違い犬を捌くのは気が引けたが、一応このゲームは全年齢で作られている。過剰な表現は起こらず荒い毛皮、獣の骨、コモンウルフの肉になった。

やはりそうだ。しっかりと解体すればちゃんとアイテムが手に入る。

おそらくこれは解体武器限定の効果だろうが、どうして誰も気が付かないんだ。

普通に誰か気付いてもおかしくないと思うんだが。

まあ良い。しばらくは解体スキル上げも兼ねてモンスター狩りをしていよう。

武器の性能が良いのもあるが、自分の適正狩り場がどの辺りなのかを探りながらフィールドを進んでいると槍を持った緑色の小人ゴブリンアサルトと戦っている少女が見えた。

遠目だが俺より身長が高い。

まあ俺は誰かさんの所為でロリキャラだ。俺よりチビは少ないだろう。

思考を戻す。

姉さんより幼く、紡よりは大人に見える。高校生位だろうか。

クラスメイトの女子があの位の大きさなので多分合っているだろう。

リアルでどんな人物かは知らないが。

格好は藍色の和服だ。

金色の模様が描かれており、風情のある容姿をしている。

武器は扇子。

全武器を試したと話す奏姉さん曰く、突きと打撃の攻守一体武器だそうだ。

しかし攻撃する訳でもなく、ゴブリンアサルトと間を取りながら焦った顔をしている。扇子が白色の光を発しているのでスキルが発動しているのは分かるが、進んで攻撃を仕掛けている様には見えない。

気になるな。

どうして攻撃しないんだ?

少女がこっちに気が付く、不用意に声を掛けた所為でゴブリンアサルトが少女に向かって持っていた槍を使って突撃する。

少女はその突きを扇子で間に挟んで華麗にいなす。

普通に強いじゃないか。

少なくとも、俺だったら突きを避けるのは難しい。

乱舞一ノ型・連撃

少女がスキル名を呟くと光っていた扇子の甲の部分でバチンバチンと続けざまにゴブリンアサルトの額にメリ込む。やがて力を失い、地面に倒れ伏すゴブリンアサルト。

ふぅ』と軽い溜息を吐いた女性。

貴女。攻撃されたらどうするんですか!

すまん。何か不味かったか?

普通の種族なら問題ありませんが、私はあら?

どうした?

貴女も魂人なのですか。これは失礼しました

少女は突然口調を柔らかくして親しげな声を掛けてきた。

貴女なら分かると思いますけれど、魂人は攻撃を受けてしまうと経験値効率に直結するのです。ですから可能な限り攻撃を受けない様に戦っていました

そういう事か

確かに以前戦ったキラーウイングは本来なら300エネルギー入るはずが550ダメージを受けたので計250も減った。ステータスが全てエネルギーになるとそういう不便さもある。

それにしても彼女。装備は良さそうなのになんでこんな所で戦っているんだ?

気になりますか? 先日エネルギーが少なくなってしまいまして

まじまじと見つめていた所為か考えている事がバレた。

俺に教えても良いのか?

別に誰かに話した所で変わる事でもありませんから

ふ~ん

少女は初日から意気投合したパーティーで戦っていて前線組だったそうなのだが、先日ボスとの戦闘で盾になったそうだ。

スピリットはエネルギーがHPの役割を示すので他の種族よりも圧倒的にHPが多い。なので扇子という攻守一体武器だったのも理由だが前衛として戦ったのが原因でエネルギーを相当削られたらしい。

そして能力が弱体化したと見るや掌を返す様にパーティー離脱を要求してくるメンバーに嫌気が差して自分から抜けて、強くなる為に今ここにソロでいる、という話だ。

見ず知らずの同胞のお方に愚痴を話してしまい、申し訳ありません。つい気が立っていまして

話が終わると少女は謝罪の言葉を口にした。

本当にパーティーだった奴等にイライラしているのだろう。

問題無い。しかしありそうだとは思っていたけど、まさか本当にそんな事があるんだな

彼等は外道です。一度とて道を同じくした己が恥ずかしいです

その口調はロールプレイか?

ロールプレイ?

知らないのか? 演技って事だ

いえ、普段からこの様に振舞っていますが、何か問題でも?

別に、それなら問題ない

ネットゲームでは珍しいタイプの人だと思う。

無論、最も有力な線はそれすらも演技、なのだが。

まあ、それならパーティーを組まないか? 同じスピリット同士、多少は理解できるだろう

良いのですか? 私はエネルギーが20000ですよ

俺も同じ位だ。むしろ丁度良かったかもな。効率の良い狩り場とかも知っているんだろ?

ええ、少なくとも第二都市周辺まででしたら

じゃあ良ければ一緒に組まないか?

少女は左手を口元に当てて考える素振りを見せた後、柔らかな笑顔で。

わかりました。共に参りましょう

俺は絆だ。よろしくな

私は函庭(はこにわ)硝子(しょうこ)と申します。これからよろしくおねがいします

随分と綺麗なお辞儀をしたものだから、ついこっちもこちらこそ』とお辞儀で返してしまった。

ところでこれからよろしくおねがいします』ってお見合いみたいだよな。

やっとヒロインキャラが登場。

スピリットペア

前線組にいたっていうのは本当みたいだな

俺はポツリと呟いた。

戦闘になった際の硝子は先程とは打って変わって鬼人の如く迫力がある。

それもペアになった事による安全度から来る物だと本人談。

何より扇子の攻守一体攻撃の間を縫ってアイアンガラスキで切り掛かるのも楽で良い。

疑っていらしたのですか?

半分な

酷いお方です

そうは言っても本人の証言だけで、実際に見てきた訳じゃないからな

では、今は信じてもらえますか?

そこは素直に頷く。

扇子は敵の武器を間に挟み、耐久力の低い武器ならば横に力を込める事でポキっと折れる。刀剣類だとその確率が上がる所を見るに剣に対するアンチ武器かもしれない。

しかしそれを実現するには相手の武器を受け止める必要がある。そんな神技を迷い無く防御、武器破壊の流れに持って行く動作がまるで舞っているかの様に見える程、硝子の動きは洗練されていた。

ほんの二週間前までこのゲームの初心者だったとは思えない。

絆さんはこれまで何を?

最初の街でずっと釣りをしていた

釣りですか。イワシを頂きましたが美味しかったです

目を閉じ両手を合わせて俺を拝んでくる。

いや、俺に手を合わせられてもな。

ともあれ硝子とパーティーを組むと戦闘が安定した。

お互いスピリットなので攻撃を受けない様に戦う配慮も自然とできる。

そういえば硝子は解体武器で知っている事ってあるか?

化け物さんが落とす道具に追加があると聞き及んでいますが

そうか

さて、どうするかな。

俺の周囲にはフレイムコンドルの死体が転がっている。

解体すれば程々に良さそうな物を獲得できそうだが。

何よりも戦闘中にモンスターがやって来ても硝子なら倒しきれる。プレイヤースキルだけなら確実に硝子の方が上だ。安心して護衛を任す事もできる。

遅かれ早かれ誰かが気付くだろう。ばらされたとしても問題ないか。

くれぐれも秘密にして欲しいんだが、解体武器には世間で広まっていない隠し効果があるんだ

その様なものが一体どういったものなんですか?

ああ、ちょっと見ていてくれ

俺はアイアンガラスキでフレイムコンドルの右羽根を切り取る。

すると硝子は口を挟んできた。

絆さん。例え化け物でも死者に鞭を打つ行為は感心しません

違う。良く見ていてくれ

俺は簡単に解体していく。

すると炎の羽。燃える羽根、鳥類の骨、コンドルの肉。

四種類のアイテムに変化した。

まあ! 絆さんは命を大事にするお方なのですね。函庭硝子、感心いたしました

まるで真逆の事を呟く硝子。

命を奪うのははい。生きているのでしょうがない事ですが、その命を最後まで無駄にせず扱う事は素晴らしい事です

そういう意味か

どこぞの和尚様みたいな事を言ってのける硝子。妙に威厳があって納得してしまった。失礼かもしれないがお米はお百姓さんが一粒一粒心を込めて』とか素で言い出しそうだと考えていた。

何気なく当然の様に頷いているが、こういうタイプってゲームとかするイメージじゃないよな。こう、お嬢様校とかで優雅に暮らしてそうというか。

まあ趣味は人それぞれなので文句は言わんが。

こういう訳で本来の使用用途が伝わってないんだ

なるほど。これは予測ですが、解説に問題があるのではないでしょうか

というと?

はい。解体武器は解説で武器説明生物や植物などを解体する為に作られた武器群。モンスターを倒した際にアイテムをドロップする』と記入されていたので、説明不足だったのではないでしょうか

確かに硝子の言葉通り、あの解説文はちょっと説明不足だ。

あの解説では倒したモンスターが落とす。みたいに通じてしまう。

おそらく攻撃箇所から判定があるのだろう。例えば今回倒したフレイムコンドルならば羽根を付け根から切り落とす、みたいな感じだ。

実際の戦闘中に実践するには想像よりも遥かに難しい。

あの鳥、結構早く羽ばたいているしな。

事情は概ね把握しましたが、どうして秘密なんですか?

当然誰も知らないという事は、得になるからだ。現に今このアイテムを売れば高く売れるはずだろ?

ですが世間にこの事実を公表すれば人様の役に立てるのではないでしょうか

硝子、お前を使い捨てにした奴等にご丁寧に教えてやるのか?

なるほど、教えたくありませんね

えらく納得が早いな

私は聖人君子ではありません。好意を寄せる方と寄せない方がおります

ちょっと意外だった。

まあ俺も嫌いな奴に進んで親切にしようとは思わない。

むしろ嫌がらせをしようとまではいかなくても、可能な限り会わないで済む様に心掛けるに違いない。つまり硝子にもそういう心理が該当するという事なのだろう。

わかりました。二人だけの秘密にしましょう

そうしてくれると助かる

思ったよりも理解が早くて助かる。

硝子は俺が想像するよりも遥かに物分りの良い。頭の良い子なのかもしれない。

そういえばもう一つ、頭が良さそうな要素があった。

所で武器解説、全部覚えているのか?

はい。私、説明書などは熟読する性質なんです

付き合いは短いが、それはなんとなく分かる。

説明は難しいが、外見とは違って携帯電話とかパソコンとか普段使わない知識まで知っていそうな、使いこなせている印象を受ける。

では、売却時には数を減らし、一部は保管して、あるいはお店に売ると良いのではないでしょうか

突然流通量が増えれば勘付く奴も出てくるだろうしな

しかし、私は幸運かもしれません

そうか?

むしろ二週間分の努力をボス戦で使い切り、仲間も失った所から不幸だと思うんだが。

俺だったら一回不貞寝するレベルだ。

数少ない同胞の方、しかも絆さんの様な方と知り合えたのですから。これは離脱を促した方々に感謝しなければいけませんね

硝子は実際はしませんが』と付け加え、柔らかな笑みを溢す。

なんというのか、こいつ天然のタラシ臭を感じる。ちょっとドキっと来てしまった。

ですが絆さん。女の子なのですから言葉はもう少し選んだ方が良いかと

はぁ。そこからか

俺は自分が訳あって外見は女の子だが中身は男である事を説明し、できれば男として扱って欲しい旨を伝えた。

結局話が付いた頃には陽は傾き、夕陽で辺りは紅に染まっていた。

補足だが、二人で狩りをしたという事もあるがエネルギー効率が今までとは比べ物にならない位上がったので硝子様々としておく。

第二都市

第二都市ラ・イルフィ。

では絆さんは紡さんのご兄弟なのですか

距離の関係で狩りを終えた俺達は第二都市に来ていた。

そして今日の戦利品を半分にしている最中にもしかして』と硝子が紡と俺の関係性について訊ねてきた。

普通気付くよな。名前的な意味で。

ああ、あいつ何か迷惑とか掛けなかったか?

いいえ、元気が良くてとても素晴らしい方だと思いますよ。都市解放戦では彼女がいなければもっと弱体化していたと思うので感謝してもしきれません

そりゃ良かった。紡はゲームとなると調子に乗る事があるからな。気に障る事があるかもしれないが、これから会う機会があっても気にしないでやってくれ

昼間の会話で同じ戦場にいたのだから接点はあるかもとは思っていたが硝子と紡が知り合いだとは。聞けば狩り場でも度々目撃していたらしいので、もしかしたら紡の方も硝子の事を知っているかもしれないな。

ともあれアイテム分配だ。

これはオンラインゲーム全体で言える事だが専用のシステムが無い限り、パーティーを組んだ場合、ドロップアイテムはメンバーで分けるのが基本だ。

ゲームによってはランダム分配で終わり、なんて事もあるので断言は出来ないが、どうやらディメンションウェーブは俺の良く知るアイテム分配形式の様だ。

残念ながらレアアイテムなどは入手していないので、普通に半分にして硝子に交換ウィンドウを表示させて渡す。

お手数を掛けてもらってすみません

何、戦闘ではかなり硝子に依存していたからな。これ位は任せてくれ

はい、ありがとうございます。絆さんのおかげで金銭的に恵まれそうです

そう言ってもらえると組んだ甲斐はあるな

解体武器様々だな。

ちなみに事前の打ち合わせ通り俺と硝子は意図的に解体武器の効果が分かる内容を口にしていない。いつ誰が聞いているか分からないからだ。

思ったがこれが普通のオンラインゲームなら攻略サイトとかで絶対に解体武器の効果が既に書かれているだろうな。

こういう所もセカンドライフって所なのかもしれない。

さて、硝子はこれからどうする?

そうですね。あれから二時間程経過しています。ですからマナを振って、もう一度行こうかと。もしよろしければ絆さんもご一緒にいかがですか?

言われて気付いた。

度々忘れるがスキル振りを俺は良く忘れる。

頻繁にステータスを開かないのも理由だが、これからは良く確認しよう。曲りなりにもスピリットというエネルギー&マナが重要な種族だしな。

そうだなそろそろ陽も落ちるが、理由でもあるのか?

八時、こちらでは20・00から翌朝に掛けてまでしか出現しない場所がありまして、エネルギー効率が大変よろしいんです

なるほどな足を引っ張るかもしれないが、硝子さえ良ければ一緒させてもらうか

私は絆さんとなら喜んで同行しますよ

そうして一時間の休憩を挟んで、もう一度狩りへ出掛ける事になった。

俺は一時解散の際に忘れないうちにステータスを確認する。

マナの振り忘れは困るからな。

エネルギー/19740。

マナ/1650。

セリン/109230。

スキル/エネルギー生産力Ⅷ。

マナ生産力Ⅴ。

フィッシングマスタリーⅣ。

解体マスタリーⅢ。

未取得スキル/エネルギー生産力Ⅸ、マナ生産力Ⅵ、フィッシングマスタリーⅤ、夜目Ⅰ、舵マスタリーⅠ、船上戦闘Ⅰ、クレーバーⅠ、高速解体Ⅰ。

取得していないスキルは七つだ。

舵マスタリーと船上戦闘は思い出すまでも無い。

夜目は名前の通り夜間に置ける視力低下を抑える効果と夜間戦闘における戦闘力に補正を掛けられる。取得条件は24時間以上夜に行動をしているだったか。

後ろ二つは昨日載っていなかったので、今日条件を達成したのだろう。

効果は。

クレーバーⅠ。

解体武器の初級攻撃スキル。

骨や関節を切断する際に大きな追加ダメージを与える。

一回の使用に50のエネルギーを消費する。

取得に必要なマナ200。

獲得条件、解体武器によるモンスターの討伐数が100体を超える。

ランクアップ条件、解体武器によるモンスターの討伐数が500を超える。

高速解体Ⅰ。

解体武器の自己支援スキル。

一定時間、解体に掛かる時間を早める効果を自身に付与する。

一回の使用に100のエネルギーを消費する。

取得に必要なマナ300。

獲得条件、解体武器でモンスターを100体以上解体する。

ランクアップ条件、解体武器でモンスターを500体以上解体する。

どちらも戦闘やフィールドで使うスキルだ。

クレーバーは言うまでも無く戦闘スキルなので狩りには必須と言える。

度々硝子が攻撃スキルを使っていたがエネルギーを消費させていたのか。

後で感謝の言葉位掛けておかないとな。

思考を戻すが、高速解体はパーティーでは必須なのではなかろうか。

今回の狩りで一番困ったのは解体に掛かる時間だ。

その所為で何度も硝子を待ちぼうけにさせている。

解体で得たアイテムはお金になるのでしょうがないにしても、このスキルを取得するだけで多少補えるのだから必要になるはずだ。無論、パーティー以外にもソロで解体している最中に後ろから攻撃されたらたまらない。これは必須だろうな。

俺は迷わず二つとも取得する。

幸いにもこの二つは毎時間エネルギーを消費するタイプではなく、使用する毎にエネルギーを消費するタイプなので安心して取得できる。

マナは多少使うが、今は他のスキルに振る量も溜まっていないので問題ないだろう。

しかしエネルギーはMPの役割も担うとマニュアルに書いてあったが、これってかなり優秀だよな。

エネルギーさえ際限なく使えるならば、無限にスキルを使える事になる。

とは言ってもエネルギー効率の関係、乱発は避けたい所か。

本当戦闘に気を使う種族だな。スピリットという奴は。

硝子の経験談を参考にするに、些細な事で弱体化を招いてしまう。

無論、ボス戦で長時間耐えられたのは大量のエネルギーがHPの代わりとして機能した事から、エネルギーさえあれば耐久力も攻撃力もある万能種族だ。

しかし残念ながら使用できるエネルギーには限界がある。

これが一番のネックなんだろう。

節約を取るか、浪費による効率を取るか、それがこれからの課題か。

さて、第二都市に来たんだ。時間まで川釣りでもしよう

すまん。遅れた

偶然知り合いに遭遇して約束の時間を過ぎてしまった。

当然、少し遅れると一報入れたが、遅れた事実は変わらない。

いえ、問題ありません。何かトラブルでもありましたか?

単純に知り合いにあってな。料理スキルを頼んでいたんだ

以前アルトとの縁で知り合った料理スキル持ちの子だ。釣りをしていたら話しかけられた。なので釣れた魚を3匹譲るという条件で料理してもらった。

料理人の方ですか

ああ、遅れた謝礼だ。アユとヤマメ、どちらも塩焼きだ。どっちが良い?

ではヤマメで

一度考えた後、硝子はヤマメを受け取った。

しかしアユとヤマメって時期が微妙にズレてるよな。

ゲームなので川魚なら時期とか関係無く釣れるのかもしれない。

それはさて置き、これから夜間戦闘をする訳だから色々と聞いておかないとな。

先に聞いておきたいんだが、何か必要な手順とかあるか? 既に話したと思うけど、生憎と俺は戦闘経験があまりない。当然狩り場のルールなんかも詳しくないんだ

そうですね。光源は私が持っていくので問題ありません。あ、絆さんは上着などの類を所持していますか? 夜は冷えるので持っていて損はないと思います

塩焼きのヤマメをいただきます』とご丁寧に手を合わせながら硝子は説明する。

本人曰く、本当は行儀が悪い行いなのだそうだが、この世界では一般的に見られる光景なので郷に入れば郷に従えという諺もありますから』と補足していた。

上着か、残念ながら持っていないな

なら、私のお古を使いますか? 劣化品になりますが、耐寒効果が付与されているので現在判明している寒さには耐えられるそうですよ

もちろんです。既に無用な物なので処分に困っていた所でしたから

すると硝子は交換ウィンドウから大きめな羽織を渡してきた。

アイテム名は粉雪ノ羽織』。

弱い耐寒効果が施されており、防御力も増加する。

ただし軽そうに見えるが重量設定があるので付けると少し身体が鈍重になる。なので寒い場所や固定狩りなどで使っていたそうだ。

俺はどちらかと言えば洋物の服を付けているが大丈夫か?

羽織を着てみて感想を求める。

言葉通り、現在付けているのは黒色のワンピース事ガイストドレス』。

簡単に作れる物で性能が一番高かったというのが理由だが、若干ゴシックロリータの気色が混ざっている。

一応魂人専用装備だ。

効果はスピリットが受けるエネルギーダメージを微弱に軽減してくれる。

これ等の衣類系防具しか装備できないのが解体武器の難点だろう。

周囲を見回して短剣を腰に下げた奴を見つけるが軽装、ライトアーマーなどの類を装備している。解体武器を使う人が少ないのは低い防御力も理由に違いない。

まあ半生産職なのだからしょうがないと言えばしょうがないが。

素直に口にしますと、思ったよりも似合っていますよ。こう、ファンタジックな体裁を保っていると思います

思ったよりもっというのが気になるがありがとう。大事に使わせてもらおう

仮に似合っていなかったとしても性能装備として使えば良い。

ネットゲームでは良くある事だ。

それで行き先はどこなんだ? まあ行った事は無いから分からないが、どんなモンスターがいるか事前に知っておけば混乱も少なくて済むだろう

そうですね。説明しますと、常闇ノ森という、夜にしか入れない場所がありまして、そこに生息するダークネスリザードマンが主な標的です

硝子の説明を要約すると、ダークネスリザードマンが沢山沸くスポットがあり、エネルギーの実入りが良いそうだ。

ただしダークネスリザードマンはハーフ&ハーフソードを所持しており、攻撃力も高いので魔法スキルや攻撃スキル持ちというだけでは厳しい。なので一部のスキル構成の者以外滅多に足を踏み入れない穴場らしい。

本来であれば盾スキル持ちが一人はいないと狩りとして成立しないが俺達の総エネルギー量が適正よりも高い事。扇子の攻守一体、武器破壊がダークネスリザードマンと相性が非常に良い事などを加味してソロでも十分に許容範囲である、という理由から常闇ノ森』を選んだそうだ。

聞いた限り解体武器とは相性が悪そうだが良いのか? 下手をすると寄生してしまうかもしれないぞ

まあ既に半分寄生している様な気もしなくもないが。

今までは一応武器相性が良かったのでダメージの通りが良かったのも理由だがな。

例のアレ』もありますから。絆さんが役に立たないなんて事はございません

そうか、例のアレか

無論、解体の事だ。

確かにあまり狩る人がいない狩り場のモンスターが落とす素材なら、金銭的に潤うのは計算しなくても分かる。ドロップ品によっては元素変換するという手もあるので、考え無しに誘った訳では無さそうだ。

じゃあ引き続きよろしく頼む

こちらこそよろしくおねがいしますね

そう言って人が沢山いる場所で硝子は大きくお辞儀をした。

闇から這いずる影

クレーバー!

俺がそう叫ぶと鉄ノ牛刀が赤色に光る。そして遠心力が発生してダークネスリザードマンへと勢いを付けて切り掛かった。

ドサッ。

そんな音と共にダークネスリザードマンの右手と一緒にハーフ&ハーフソードが地面に突き刺さり、攻撃力を減退したダークネスリザードマンに追撃を掛ける。

するとダークネスリザードマンは咆哮を上げる間もなく倒れた。

一匹倒した。硝子、そっちは大丈夫か?

問題ありません! 乱舞二ノ型・広咲!

スキルを使う前から発光していた硝子の扇子が開き、花弁が舞うかの様なエフィクトと共に二匹のダークネスリザードマンを切り裂く。

片方は崩れ、もう片方はハーフ&ハーフソードを硝子に向ける。

刃を扇子で受け止め、バキンという音を発てて武器破壊を発生させる。

充填

硝子が呟くと扇子が薄く白色に光り始める。

その間も硝子はダークネスリザードマンに扇子の突きを入れてダメージを与える。

加勢しなくても問題無いだろうが鉄ノ牛刀で横からダークネスリザードマンに切り掛かる。丁度硝子の打撃と重なり、ダークネスリザードマンは倒れた。

絆さん、お怪我はありませんか?

ああ、問題ない。思いの他戦えている。さすがに二匹同時は無理だがな

一度ダメージを受けているが一応無傷だ。

ダメージよりも獲得エネルギーが勝っているので無傷と例えて差し支えないだろう。

その間も硝子の扇子は発光を強めている。

これは扇子の効果だ。

扇子の攻撃スキルは溜めが必要なものが多い。

平均10秒から3分間溜めて硝子は使っている。蓄積時間が長ければ長い程発光も強まって、威力も増す。その間にモンスターの攻撃を防ぎ、通常攻撃を織り交ぜながら交戦するのが扇子の戦闘スタイルだ。

難点を挙げるなら攻撃も防御も中途半端という事か。

攻撃スキルは範囲系が多いのでダメージが低く、防御は盾には劣る。

じゃあこいつ等を解体する。敵が湧いたら護衛を頼む

わかりました

俺は倒れたダークネスリザードマンに鉄ノ牛刀をそのまま向け、鱗から順に剥がしていく、そして効果が切れている事に気が付き小声でスキル名を呟く。

高速解体

すると解体速度が上昇する。更にスキル説明には記入されていないが、二つ隠し効果がある。一つは解体成功率にも補正が発生する。早く解体している割に取れる量が使用前後で差が無いのはその為だ。

もう一つは解体武器を使っている際に少量だが身体が軽くなる。

解体速度とやらが攻撃速度と同カウントという事なのだと判断している。

ともかく死体が三つもあるので急がなくては。

そんなに直に新たな敵がやってくる事は無いが急ぐに越した事はない。

ギンッ!

敵の攻撃を扇子で防ぐ金属音が響く。

硝子の方では既に戦闘が始まっている。

予測よりも敵が早く湧いた。急がなくては。

敵が三匹以下なら解体を続けると事前に決めてあるので俺は解体に集中する。

これが解体武器の仕事だとは理解しているが、焦りはある。

だが今は自分の仕事を全うするだけだ。

終わったぞ。そっちは大丈夫だったみたいだな

三匹の解体を終えた頃に丁度硝子が戦っていたダークネスリザードマンが倒れた所だった。俺は何か言われるまでもなく、そのまま解体作業を始める。

エネルギーの調子はどうですか?

そっちこそ頻繁にスキルを使っている様だがどうなんだ?

私はエネルギー生産力がⅩですから、この程度の量ならば問題ありません

俺よりも二段階ランクが高い計算だ。

さすがは元前線組。取得スキルも良いのが揃っているな。

その間も手を動かしアイテムを確実に手に入れていく。

敵の波が止み、解体するモンスターもいなくなったので軽く深呼吸する。

周囲は深い闇の森だ。

硝子が持って来た提灯の灯りが唯一の光源で星の光一つない闇の世界。

そんな深い森の中で一本道の洞窟を陣取って狩りをしている、という状況だ。

これもかれこれ2時間近く続けているので大分慣れてきた。

絆さん、疲労は大丈夫ですか?

ああ、問題ない

無理は禁物ですからね? 私達は魂人なんですから、些細な失敗が命取りになります

これ位なら別のネットゲームで紡に付き合わせられた事に比べれば楽なもんだ

わかりました。では、もう一時間程続けて様子を見ましょう

ダークネスリザードマンは硝子の話通りかなり美味しい。

撃破数も多いので獲得アイテムも膨大だ。それでいて人も見かけない。

硝子のおかげという部分が大部分を占めているが安定して狩れるのも良い所だろう。

無論、視界が悪いのが最大のネックだ。しかしこれなら夜目を取得するのも検討に入る位にはエネルギー効率が良い。

尚、既にエネルギー総量2万を超えた。このまま増えてくれれば良いんだがな。

どうした? 何かあったか?

不思議そうな表情をする硝子。

こんな顔を見るのは初めてなので気になって訊ねる。

いえ、何かおかしな音がするので気になりまして

音?

言われて俺は耳を澄ませてみる。

無論、その手のスキルを取得していないので音に変化はない。

ザ、ザ、ザ、ザ、ザ、ザ。

確かに何かが走る様な音が聞こえてくる。

そこです!

硝子が何も無い場所に扇子を振るう。

そしてバチンという音と共に半透明な物体が黒煙と共に姿を現す。

待ってくだされ! 自分は外敵ではござらん!

言い訳と共に頭からすっぽりと黒装束を身に纏った忍者みたいな奴が現れた。

おそらくは潜伏だとかハイディングみたいなスキルに違いない。

にしてもござらん』って俺が出会う奴はどうしてこうロールプレイヤーが多いんだ。

そんな言い訳が通用する状況だとは思えません。言いなさい。何が目的で私達に接近したのかを!

誤解でござる! 自分はボスモンスターから逃げていただけでござる!

そんな言い訳が通用する状況だとは

硝子が前後のセリフと同じ事を言ったので以下略。

ともあれ妙に敵愾心を抱いている硝子を説得して黒装束の話を聞く態勢を整える。

ともかく話位聞いてやろうぜ。な?

絆さんがそうおっしゃるなら

なんとなく普段と違う反応を示す硝子に好感を抱きながら黒装束に向き直る。

それで? どうして隠れていたんだ?

違うでござる。隠れていた訳ではござらん。先程も口にした通りボスモンスターに追われていたのでござる。自分は闇属性装備の素材を集めていたでござるが、運悪く遭遇してしまったでござる。そして逃げていたでござるが、潜伏スキルを使うとボスでも反応が少し鈍るのでござる

ふむ。お前の話が真実だと仮定して、そのボスモンスターはどこにいるんだ?

嫌な予感しかしないんだが一応訊ねる。

この洞窟の目の前でござる

やっぱりか

最初の言い訳を聞いていた時から、その可能性については考えていた。

洞窟の先を恐る恐る眺めてみても闇が一帯を支配していて良く見えない。

自分、夜目を取得しているので見えるのでござる

なるほど。じゃあボスがいるとして、これからどうするか、だ

都市帰還アイテム帰路ノ写本』はダンジョン判定の施されている常闇ノ森では使用できない。そしてここは一本道の洞窟内。逃げ道は一つしかない。

その逃げ道はボスモンスターが占拠している。

貴方、なんて事をしてくれたのですか! 私達は簡単には死ねないんですよ!

珍しく硝子が慌てている。

そう、俺達スピリットは死ねない。

死ねばエネルギーが0になり、大きく弱体化してしまう。

言うなれば全レベルダウン。

落ち着いて考えているが、内心では相当焦っている。

下手をすれば今日の分所かこれまでのエネルギーを全て失ってしまう。

何か良い手段は無いか。

それは自分も一緒でござる! 自分は死ねないのでござる!

待て。俺達は分かるが何故お前まで死ねない。他の種族ならちょっとしたデスペナルティがあるだけでそこまでマイナスにはならないだろう

自分、スピリットでござる故

俺は手を額に当てて仰いだ。

少ないと噂のスピリットがどうしてよりにもよって、こんな過疎ダンジョンに三人も集まっているのか。どれだけ奇跡的な確率だって話だ。

俺達もだ

なんと、同郷の者でござるか!?

同胞の方に出会えたのは嬉しい限りですが、できる事でしたら別の場で出会いたかったです

同感だな

言葉通り可能ならばこの黒装束とは別の機会に出会いたかったよ。

どうでもいいが、三人そろって同』って言葉使い過ぎじゃないか?

しかし今は辛酸を飲み込んで耐えましょう。今私達に必要な事は責任の押し付け合いではありません。この危機をどう乗り越えるかです

そうだな。硝子の言う通りだ

何か策を講じるにしても簡単な手段がボスに通じるとは思えない。

曲りなりにもボスだ。硝子はまだしも俺は解体武器という致命的な武器を使っている。

正面からの戦闘で勝利できると考えるのは明らかに無謀だ。

まして目の前の黒装束を期待するのも無茶な話だ。

何故なら、こいつはボスから逃げてきたのだから。

この罪、死を持って償うでござる!

それがダメだから考えているんだろう?

幼子殿

おい。幼子ってなんだよ。

少なくとも小学生程度だろう? キャラクター的にさ。

絆だ。幼子はやめてくれ

これはご丁寧に。自分、闇影と申すでござる

忍者か?

忍者って実在したんですね

いや、これゲームだからな?

そ、そうでした

ともあれ俺達は簡単な自己紹介を済ませる。

黒装束の名は闇影。

かなりステレオタイプの忍者をロールプレイしていると思われる。

オレっ子ネカマ、和風敬語少女、ござる忍者。

なんて痛い連中なんだ。俺達は。

ボスはまだ洞窟前にいるのか?

移動する気配すらござらん

確認だが、モンスター名を言えるか?

俺は視線だけを硝子に向けると直に硝子はこちらの視線に気付いた。硝子は相手の目をガン見で話をするからな、こう言う時は便利だ。

付き合いは短いが意思を伝える事だって無理ではないはず。

問題は、視線を送っているのに不思議そうに?』マークを浮かべている事だろうか。

こりゃダメだ。

まあ俺達は今日出会ったばかりだからな。目と目で通じ合うなんて普通に無理だよ。

ちなみに何を伝えたいかはボスモンスターの名前は合っているか、だ。

闇影が嘘を付いているとまでは言わないがスピリットである俺達をMPKしようとしている、なんて最悪な可能性だって0じゃない。

リザードマンダークナイトでござる

訊ねるまでも無いと思うが、三人で勝てるか?

不可能でしょうね

無理でござろうな

三人で勝てるならボスとは言わないよな。

何よりネットゲームのボスは異常に強いと大昔から決まっている。それこそ何十人と揃って初めてまともに相手できる。それがネットゲームのボスって存在だ。

しかし、そうなると数える程しか手段がなくなってくる。

残念ながらどれも期待は出来ない賭けレベルの手段だが。

なんでも良い。この場を潜り抜けられる手段、思い付かないか?

逃げるというのはどうでござろうか

お前はそれで命からがらここに逃げてきたんだろ? 目の前を通過して逃げ切れるか?

無理でござるな

逃走作戦は否決。

次に挙手したのは硝子だ。

俺の目を硝子の瞳が透き通る様に見詰めてくる。

どんな案だ?

誰かが囮になるというのはどうでしょう

無難な案だが、誰がなる

言いだしっぺの私がなりましょう

随分と威勢は良いがその案は俺的に否決だ。

硝子は以前にもボス戦でエネルギーを大量に失っている。個人的意見になってしまうが、スピリット仲間として同じ事を繰り返させたくない。

反対だ

自分も反対でござる!

意外にも闇影の方が強く反対意見をプッシュしてきた。

こいつもスピリットらしいから意見が合うのかもしれない。

どうしてですか? 状況的にそれが一番でしょう

函庭殿の意見を採用するのであれば自分がその任を受け持つでござる

悪く思われるかもしれませんが絆さんや闇影さんでは防御面の問題で難しいかと思います。その点私なら扇子の防御スキルがありますから、運が良ければ逃走も可能です

しかし、事の原因は自分。見ず知らずの同郷の者を犠牲にする訳には

売り言葉に買い言葉とは正にこの事か。

硝子と闇影はお互い自分が犠牲になると言い合っている。

どっちも反対だ。お前等何、自己犠牲精神発揮してやがる! 重要なのは全員でここから脱出する事だろう?

二人は俯いて地面を見詰める。

これがマンガか何かに登場するデスゲームなら感動的瞬間だろうが、死人が出ないこの世界で自己犠牲の問答をしても意味がない。当然半MPK状態にしてしまった闇影にも問題はあるが、わざとではないのだから追求する問題じゃない。

全員が全員不遇種族であるスピリットを使っているのだから、気持ちは誰よりも分かるはず。そんな俺達が誰かを同族を犠牲に助かりたいだなんで考えるのも嫌だ。

今は一つでも助かる手段を考えるのが先決だろう。

そういえば聞いてなかったな。闇影はどんなスキル構成なんだ?

自分は夜目Ⅰ、潜伏Ⅰ、ドレインⅦでござる

ドレイン?

闇魔法の項目にある、HPやMPを敵から奪って自分の物にするスキルです

へぇ、そんなのがあるのか

然様でござる。スピリットで使えばエネルギーをモンスターから吸収できるのでござる

中々に便利じゃないか。

だが、Ⅶってどれだけ上げているんだよ。

お前って実はエネルギー高い?

そうでもござらん。二万と少しでござる

あれ? 二万? 俺とほとんど変わらないじゃないか。なんでⅦなんて取れるんだ?

毎時間マイナス3000でござる

闇影の言っている意味は単純に言えばエネルギー生産時給だ。

俺達スピリットは取得スキルでエネルギーにマイナスが生じる。

なので取得可能なスキルならばいくらでも取得できる。だからエネルギー収支をマイナスにしても良いのならマイナスの状態で取得する、なんて事も理論上では可能だ。

つまり闇影は一時間毎に3000のエネルギーが失われていく状態、という事だ。

それで元が取れるのか?

もしもマイナスを遥かに上回るエネルギーを得られるのならば、それはそれで立派な戦い方だ。いわゆるハイリスクハイリターンといった所か。

一日1000位上回るでござる

とんでもない程自信に満ちたドヤ顔だ。

絆さん。この方

硝子が心配する程なので相当なのだろう。俺は別の方向を向いて誤魔化す。

まあこういうプレイヤーだって少なからずいるさ。むしろこういう尖った奴がいるからネットゲームは面白いとも言える。

ちなみに総エネルギーは俺が23000で、硝子が25000、闇影が20000だ。

基礎代謝で硝子が一番多い。こうなってくると硝子の言った案が一番安全な策だが、俺はその案だけは認めたくない。

ともかくボスの実物を見ない事には始まらないな

自分には見えるでござるが

いや、百聞は一見にしかずって言うだろう。自分で見た方が早い。スキル取って見てみるよ

俺はメニューカーソルからスキル欄を呼び出し未取得スキルの夜目を選択する。

夜目Ⅰ。

夜間行動スキル。

夜に発生するマイナス補正をプラス補正に変える。

毎時間200のエネルギーを消費する。

獲得条件、24時間以上夜に行動する。

ランクアップ条件、168時間以上夜に行動する。

夜目Ⅰを取得し、洞窟から外を眺める。

ランクⅠなのでまだ暗くはあるが、周囲に輪郭や木々の類も見える様になった。

確かにいる。

巨大な図体をした黒い金属の鎧を身に纏ったリザードマンだ。手にはこれまた巨大なランスと盾を所持していて、間違っても三人で勝てるとは思えない。あれでは扇子の武器破壊でも難しいだろう。

それにしてもデカイな。

ボスモンスターに恥じない外見と容姿といえる。

どうしました?

もしかしたら、なんだが

俺は思いついた手段を二人に言って聞かせる。

その様な手段が本当に可能なんですか?

多分できると思う。昔からゲームではありがちな手法だ

しかしターゲットはどうやって取るのでござる?

その辺にも心当たりがある

このピンチ、もしかしたらチャンスに変えられるかもしれない。

裏技

俺は洞窟の入り口に立っていた。

手には釣竿。釣り針の部分に錘を付けている。

じゃあ行くぞ?

最終確認を取り、二人が無言で頷くのを確認した後、俺は釣竿を大きく振った。

フィッシングマスタリーⅣから来るコントロールから錘の付いた糸はリザードマンダークナイトにコツンと命中する。

単純ダメージで言えば1か2か。

少なくとも、まともな攻撃とは言えない。

しかしターゲットを取る分には十分な効果を発揮する。

来るぞ! 全員、もしもに備えろ!

リザードマンダークナイトは俺の攻撃を受けるや否や、疾風の様な速度で俺達の方向へ駆け抜けてくる。

普通に相手すれば出会った瞬間ズバっとやられる所だが。

ドーンッ!

大きな爆音と共にリザードマンダークナイトは洞窟の入り口にぶつかった。

そう、リザードマンダークナイトは洞窟の全高よりも大きい。

昔から多くのゲームでモンスターを設置モニュメントに引っ掛けるという手段が存在する。いわゆるありがちで簡単レベル上げ法なんかで使われる事が多い。オンラインゲームでは修正の対象だったりする、そんな手法だ。

しかし幸いにも、この手段は現状のディメンションウェーブで適応する。当然、失敗する可能性もあったが、三人で相談した結果試すだけは試そう、という事になった。

後は全員で死ぬまで殴り続けるぞ!

わかりました!

了解でござる!

後は単純作業だ。

自分達の所持している武器とスキルをフルに活用してハメた敵を攻撃し続けるだけ。

俺は勇魚ノ太刀を取り出し、洞窟に引っかかっているリザードマンダークナイトに切り掛かる。

ガンッ! という鈍い音が響き、生憎とダメージは少なそうだ。

遠目だったので分からなかったが鎧以外の箇所は鱗で覆われていて防御力は相当高い。

横に視線を向けると硝子が突きや打撃を繰り返している。

そして闇影は巻物の形をした魔法系スキル用武器の一つ、魔導書を口元に当てて魔法を詠唱している。数秒後、黒いエフィクトと共に緑色の粒子がリザードマンダークナイトから闇影に吸い込まれていった。

これが闇魔法のドレインという奴だろう。

尚、俺と硝子は攻撃スキルを使用しない。

HPがどれ位あるのか分からないボスモンスター相手にエネルギーを消耗するスキルを、それもこんな状況で使うのは時間節約以外の効果を期待できないからだ。

それにしても硬いな。普通に戦って本当に勝てるのか? こいつ

どこかのパーティーが倒したという話を聞いた事がありますよ

手を止めずにともかく攻撃しながら会話をする。

噂に聞いた程度でござるが、複数の盾役が抑えながら、遠距離から光魔法で攻撃するそうでござる

なるほど、外見通り物理防御が高いのか

多分だが、俺達とリザードマンダークナイトの相性は最悪だ。

まず攻撃力の低い解体武器と扇子、そして相手と同じ闇属性の魔法、ドレイン。

こんな裏技でも使わなければ勝率0の敗北フラグMAXだ。

何せ俺の攻撃なんかカンとか嫌な音を発ててやがる。

これでも俺が持っている最強の武器なんだぞ。

ちなみにこの手の金属などを持つ物理防御系モンスターは斧や鈍器などがダメージを良く通すらしい。

ともかく、敵に変な動きが無ければこのまま殴り続けるぞ

はい!

了解ござる!

千里の道も一歩から、俺達は無限に続く一方的な攻撃を繰り返した。

三十分経過。

ま、まだ倒れない。どんだけHPあるんだ、こいつは

近付きすぎると攻撃が飛んでくるので、ギリギリの距離で攻撃を繰り返す。

特に硝子は扇子の射程が短いので偶に防御して受け流している。

しかもAIの関係か離脱しようとしてくる。

無論、その都度釣竿を使って攻撃範囲内に呼び戻しているが。

しかし、そういう面を含めてもAIの頭は良く無さそうだな。

治癒能力でもあるのでしょうか?

否、自分達の攻撃力が低いだけでござろう

まあそうなんだろうけどさ。自分で言うか普通。

既に無限とも言える量の攻撃を三人で繰り返していた。

その為、攻撃箇所の鎧は壊れ、鱗も割れている。

そこを重点的に攻撃する事でカンという音からズバという音に変わった。なので最初よりはダメージが入っていると思う。

だが、ボスとは言え一匹のモンスターに一時間も掛けるのは精神的に厳しい。

我が魂の糧となるでござる。ドレイン!

この三十分休みなしにドレインを使い続けた闇影はエネルギー量が硝子を越えた。

つまり2万7000程ある。

それだけリザードマンダークナイトはHPが高い。

おおおお?

闇影のドレインが発動して既に見慣れた緑色の吸収エフィクトが発生した直後、リザードマンダークナイトが普段と違う動きを見せた。

大きな、とても耳に響く咆哮と共にズーン』という音と共に倒れる。

洞窟に何度もぶつかって地震を立てる事も無い。

殺ったでござるか?

おまっ! それ死亡フラグだぞ

むむ、そうでござる。自分には里に残した妹がまだ死にたくないでござるー!

やべぇ。

俺、こいつのこのノリ好きだわ。

何をやっているんですかもう

硝子の冷たいジト目を受けながら倒したかを確認する。

この手のボスは死んだふりを使う事もある。注意を払って近付いた。

死んだふりかもしれぬ故、気をつけるでござるよ

いえ、それは無いのでは?

なんでだ?

曲がりにも騎士を名乗っているのですから、その様な卑劣な行いをするとは思えません

ふむ、一理あるな。

死んだふりをするボスは大抵悪魔系や蛮族みたいのが多いと思う。

まあリザードマン自体が蛮族みたいな気もするが、一応こいつもナイトなのだろう。そこ等辺の礼節は守っているのかもしれない。

実際は礼節を守って正々堂々挑んできたリザードマンダークナイトを卑劣な手を使って罠に貶めたのは俺達なのだが、そこはあえて無視する。

ドロップ品は闇ノ破片と闇槍欠片でござる

高額で取引されている素材ですね

金には困っていないが高値で売れるらしい。

まああって困る物でも無いし、いいか。

尚、闇影の話では両手槍の材料だそうだ。

闇属性付与が付くので槍スキル取得者は手に入れたい一品らしい。

しかし、さすがは解体武器でござる。噂と同じくアイテムが出るのでござるな

さて、ここからが本題なのだが、どうするか。

硝子の方はどうしましょう?』という顔で見詰めてくる。

正直言えば解体したい。

というかこんなボスモンスターを解体する機会などそう無いだろう。おそらくだが、解体で手に入ったアイテムは武器防具として相当活用できるはずだ。

心の天秤に隠し続けるメリットと、ボスモンスターの解体アイテムを秤に掛ける。

一緒にボスを倒した仲だし、教えるか

ボスドロップに勝る物なし。

絆さんがよろしいのでしたら、それが最善かと

むむ? どういう意味でござるか?

まあ見ていろ。高速解体

俺はスキルを唱えると倒れている、大きなリザードマンダークナイトを勇魚ノ太刀で解体を始める。壊れている鎧や割れている鱗は無理だが、鱗、骨、肉、牙、瞳、皮、尻尾、血などが解体できる。

しかし、戦闘で破壊した箇所は解体できないんだな。

あれか、某狩猟ゲームとは真逆の設定か?

破壊した部位はアイテムにならない。普通に割れている鱗を使用はできないよな。

なんと

闇影が驚きの声をあげる。

ボスモンスターだからか解体で手に入る量が巨大ニシンと同じ位多かった。

きっと巨大ニシンは釣りに分類されるボスなのだろう。

これは一体どういう事なのでござる? アイテムが増える? 解体武器はドロップ品が増えるのでなかったのでござるか?

あれは武器解説の説明不足です。真実の力は解体武器を化け物に使う事で道具が手に入るのです

自分、今日程驚いたのはこの世界で初めてでござる!

余程驚いているのか、あるいは演技過剰なのか、闇影は興奮気味な言葉を吐く。

まあ世間に公表されたとしても、これ等のボス解体アイテムを早めに売ったなら十分稼げるさ。

では、自分はこの事実を秘匿すれば良いのでござるな?

見た所、絆殿も函庭殿もそれを秘匿しているご様子。命を救ってもらったという恩を返す為、自分墓場まで持っていく所存でござる

ま、まあそうしてくれるなら嬉しいが

そういえばこいつは俺達を殺しかけたんだった。本人は反省しているみたいだがな。

実際隠してくれるというのなら問題ない。

それで物は相談なのでござるが

なんだ?

自分をパーティーに加えてはもらえぬでござるか?

理由は?

自分、これまで一人でやってきたのでござる

そうなんですか?

不思議そうに話を聞いている硝子。

そりゃ、あんな特殊なスキル構成だったらパーティーに入れないだろうよ。

思わず突っ込みたい衝動をグッと堪えながら話を聞く。

己で口にするのは憚られるでござるが、自分、コミュニケーション障害なのでござる

なんだって?

残念ながら、とてもそうは見えない。

少々ロールプレイがきついので嫌いな人は嫌いだと思う。だが、そういうプレイが好きな人も沢山いる。少なくとも俺が出会ったアルトやロミナなどは問題なかった。

今まで幾度とパーティーに入ろうかと考えたでござるが、結局話しかけられなかったのでござる

それは大変でしたね

なんか硝子が丸め込まれ始めている。

言ってはアレだが、その頭では現実で詐欺に遭いそうだぞ。

質問良いか?

どうぞでござる

コミュ障害な割に俺達と普通に話しているが、そこはどうなんだ?

忍者言葉を話す事でどうにか話せているのでござる

どんな理屈だ。

もう少し上手い言い訳をしてくれ。

内心では今ですらビクビクなのでござる

まあ! 絆さん、彼女と共に参りましょう。私達は魂人同士なのですから!

なんだろうな。この感覚。

あれだ。詐欺に遭った友人に高額な壷を売られている気分だ。

ま、まあパーティーを組むのはこの際良いがん?

今なんて言った?

私達は魂人同士なのですから!

その前だ

彼女と共にしましょう、ですか?

そうだ、それだ。彼女?

全身黒装束で、忍者みたいな格好をしている。なので今一外見が分からない。

口元も黒い布地で覆われているので声も判断し辛いし、どうなんだ?

人前で素顔を出すのは恥ずかしいでござるが、共に戦うかもしれぬ身。自分の顔を見て欲しいでござる

そういって頭まですっぽりと覆っていた布地を取ると。

銀髪美少女がそこにいた。

パーティー結成

これから自分の事はダークシャドウと呼ぶでござる

常闇ノ森から第二都市に帰還して第一声、闇影がそんな事を言い出した。

はぁ?

思わず、俺はそう返していた。

こいつは一体何を言っているんだ?

結局硝子の勧めで闇影はパーティーに加わる事になった。

その為なのだろう。かなりテンションが高い。

これもハイテンションがなせる技。典型的な中二病を発揮しているに違いない。

わかりました、ダークシャドウさん

俺は真顔でそう返した硝子へと視線を向ける。

なんていうか硝子って冗談とか通じなさそうだよな。

わかったよ、ダークシャドウ。これから頼むぞ、ダークシャドウ

どうした、ダークシャドウ。何故黙っているんだ、ダークシャドウ。返事をしてくれ、ダークシャドウ。何か気に障ったのか、ダークシャドウ

まくし立てる様に連呼すると闇影は慌てて訂正する。

じょ、冗談でござるよ。普通に呼んでくだされ

そうか、じゃあこれからは闇子と呼ぶ事にするよ

では、私も闇子さんで

子はどこから出てきたのでござる!?

そんなのお前が女キャラクターだったというギャップからだよ。とは言わない。

全身黒装束に靡く銀色の髪。

なんていうか、普通にかっこいいじゃないか。

しかも物理的な忍者ではなく、忍法を意識したジャパニメーション的忍者。

少々イロモノ感はあるが、俺は好きだぞ。

そういや、さっきは言わなかったけど、パーティー組むにしても毎時間マイナス3000を補う程の狩りを期待するなよ? 俺は解体武器だし、硝子は扇子なんだから

問題ないでござる。既にドレインのランクは下げたでござる

おい、自分のアイデンティティ失ってるぞ

もちろん自分はこれからもドレイン一筋で行くでござる。しかし、主君である絆殿に仕える身としては絆殿の役に立てる身になるでござるよ

なんか突然、主君だのなんだの言われたんだが。

ていうか、こいつがコミュニケーション障害なの、なんとなく分かるわ。

自分の中でしか分からない話を突然言い出す。

それを察する方としては少々厳しいが、一度パーティーを組むと言った以上、問題がなければ一緒にいる事になる。

そういえば、俺達って臨時パーティーに近い感じだったはずだけど、この流れは固定パーティーで行くって事でOKなのか?

絆さんがよろしければ私、函庭硝子はこれからも共に参りたいと考えています。どうでしょうか? 私達三人は皆、魂人です。少々の問題でしたら他種族の方より、よろしいと思うのですが

自分は絆殿と函庭殿に救われた身、お二方の影となるのが使命と心得ているでござる

二人して似た様な話を、小難しい言い方で捲くし立ててくる。

ていうか、なんで二人とも和風っぽいんだよ。

なぁ。俺が空気読めないだけなのかもしれないが、お前等って知り合いだったりしないか? 最初から仕組まれていた様に見えるのは俺だけかな?

ほんの一日でスピリットが二人もパーティーに加わった。

どちらも何故か個性的なロールプレイとスキル構成。

いや、俺がまるで違うとは言わないが、これからやっていくのに一抹の不安が残る。

もちろん良い意味』での不安だが。

絆さんの言葉通り、仕組まれていた様に魂人の私達が集まりましたものね。まるで運命に呼ばれる様でした

いや、運命ってちょっと恥ずかしいぞ。

まあパーティーメンバー全員がスピリットなのは少し優越感に似た嬉しさがあるけどさ。

全体人口では少ないでござるが、絶滅危惧種という程でもござらんよ

自分は今までドレインを繰り返す日々を送っていたでござる。故に各地を転々としていたでござるが狩り場で同郷の者を何度も目撃しているでござる

そうなんですか? 私の周りではあまりお見かけしなかったので、てっきりとても少ない種族なのかと考えていました

全ての人がネットの裏情報に詳しいとは限らないしな。

その中からスピリットを選んでしまった奴等がいたとしても不思議はない。

中には弱い種族だからと選ぶ奴だっている。それにスピリットの、この幽霊的な半透明感をかっこいいと思う奴は少なからずいると思う。

無論、能力だけで物事を語る奴も世の中には沢山いるが。

しかし闇影の近くで偶に見かけて、前線組の硝子の所では見かけないと聞くだけで、なんとなくスピリットの世間的状況が分かるな。

ちなみに俺が昨日までいた第一都市の海沿いでは極々稀に見かける程度だ。

まあスピリット同士気兼ねなく付き合えるから良しとして、これからどうする?

これからとは?

う~ん、この後寝るか続けるかって意味で聞いたんだが、パーティーの今後でもいいな

既に夜は晩い。

第二都市は個人間で持ち寄った明かりが灯され、夜景を映している。しかし一般的な就寝時間と言えば大多数が頷く0時を回っていた。

私としては、どちらでもかまいませんよ。早寝早起きと言いますし明日がんばるのも良いと思います。後者の方は私個人では以前と同じ程度の強さには戻したいですね

自分は今まで夜間に行動していたので5時位まででござれば問題ないでござる。行動指針の方は特に要望はござらぬので絆殿にお任せするでござる

そういう意見が一番困るんだよな。

というか、何故俺が決める事になっている。

他のネットゲームではギルドマスターとかやった事あるけど、それもギルドスキル目当ての弱小ギルドだしな。

まあ俺も目的とかある訳じゃないし、硝子の目標に重点を置きつつ行動する感じか。

ちなみに硝子、前はエネルギーどんなもんだったんだ?

5万程でしょうか

す、凄いでござる!

これでも硝子は元々前線組だったらしいぜ

なるほど、函庭殿は我等が師でござったか

そ、そんな、師と呼ばれる程の実力ではありませんよ

いや、プレイヤースキル的に十分だと思うぞ。

洞窟にハメていたとはいえ、時折飛んでくる、当ったら唯ではすまない攻撃をしっかりと受け流していたからな。あれはきっと普通に戦っても防いでいたはずだ。

そもそも潜伏スキルで隠れていた闇影を当然の様に見つけたとか。

こう言わせてもらいますよ。

硝子さんマジぱねぇっす。

いや、心の中でしか言わないが。

もちろんステータス的に勝利に持っていけたかは別だ。仲間としての贔屓も入っているが硝子のプレイヤースキルが高いのは今更口にするまでもない。

じゃあ狩り場とか硝子は知っているだろうし、三人で行ける場所を選んで進むって感じでどうだ?

異論はございません。私の意見を汲み取っていただいでありがとうございます

自分も問題ないでござる。むしろ沢山の魂を早く吸収したいでござる

それじゃあ決まりだな

ともあれ、ここに俺達三人のスピリットパーティーが結成した。

どうでも良い補足だが、この後俺秘蔵の最高級ニシン食材を使った飯を三人で食った。

効率が良くて、金が稼げて、人がいない場所

翌日。

パーティー結成式という事で最高級ニシンやクロマグロを振舞ったらテンションが上がり過ぎて全員愚痴大会となり、結局酒に酔った訳でもないのに見事に爆睡してしまった。

で、これはどういう事だ?

昨日の事を思い出す。

道行く料理人に最高級ニシンを渡し料理してもらった俺達は川原で硝子の提灯片手に料理を啄ばみつつ雑談をした。

スピリットだからなんだっていうんですか、に始まり、コミュ障害で悪いでござるか、自分は誰にも迷惑を掛けていないでござる、だとか、奏姉さんと紡に強制されたネカマプレイへの愚痴を吐きつつも親睦を深めた。

それは良い。そこまでは覚えている。

だが、これはなんだ?

うん

自分ほんはござなん言わい

俺の瞳に映し出されるは浴衣の硝子と下着以外素裸の闇影。

そしてもちろん俺も下着以外素裸だ。

え? 昨日何があった?

このゲームは全年齢だ。ゲームの仕様上酒類は未成年に制限されている。なので酔った勢いで過ちを犯すなんて事はないはずだ。無論、いやらしい事だってシステム上再現されていない。

最近噂の18禁ゲームではVR機材を使ってヒロインとのエロ再現、なんて話を聞いた事があるが、そういうゲームじゃないから、このゲーム。

えっと今何時だ?

窓から照らす陽光。少なくとも朝日ではない。

カーソルメニューを開くと時刻は13・24。

思いっきり真っ昼間です。

パーティーを組んだ翌日に寝坊とかどんだけ自堕落なんだ、俺達は。

おい、起きろ! 硝子、闇影!

そう大きな声で叫ぶと硝子の方が眠そうな眼で体を起こす。

格好を見る限り一人だけ寝巻きを付けている。おそらくは眠った俺達を運んでくれたのではないだろうか。

おはようございましゅ。絆しゃん

まだ半分眠ってるな

前々から思っていたが宿屋のベッドが性能高過ぎる。

少なくとも4、5時間は眠ってしまう。

多分ゲームのやり過ぎに対する不眠対策としての処置なんだろうけど。

いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

硝子、昨日何があった?

みなしゃん、眠そうにしていらっしゃっらので、宿に向かったのりぇす

うんうん

呂律が回っていないが、どうにか意味は聞き取れる。

どうやら宿へは俺達三人自分の足で向かったみたいだ。

あのじょうらいでは危なそうでしたのれ、皆で眠る為、大きなへやにしましら

大体事情は把握した。

しかし、しかしだ。

なんで俺と闇影はほぼ全裸なんだ!?

はっ!

あ、完全に覚醒した。

硝子は周囲をキョロキョロと眺めると一度頷き、こう言った。

絆さん、おはようございます。素晴らしい朝ですね

とても清々しい笑顔だ。

もう昼だよ!

真実は酷く単純だった。

硝子は、そのままの格好で眠ってしまった俺達の衣類を思っての事だった様だ。

このゲームは衣服の皺とか妙に再現されているからな。

酷い皺になると、結構残るんだ。

ちなみにクリーニングみたいな店があるので、お金を出せばどんな汚れでも直してくれる。そんなに高い訳でも無いので女性プレイヤーは結構使っているらしい。

本当にすみません

いや、謝らなくて良い。むしろ感謝したい位だ

その通りでござる。システム的に安全な宿で休息を取らなければ、何かある可能性だってあったでござる。函庭殿には感謝の言葉しか出ないでござる

そう口にする闇影は、目を覚ました直後酷く狼狽していた。

なんでも他人に素肌を見せるのが恥ずかしかったとか。

しかもみ、みないで』とか普通に言った。ござる言葉がロールプレイの一環なのは事実だろう。まあリアルでござる、なんていう奴見た事無いけどさ。

だけどな、一応俺はリアルでは男なんだから気を付けろよ。この世界じゃ、そういうのができないのは確かだがこう、道徳的にな

そうですね。絆さんが女の子にしか見えなかったもので、つい失念していました

確かに今、俺は女だが。

これは闇影もそうだが、外見が及ぼすイメージはやはり強いみたいだ。

俺が素肌を見ても、あまり気にした様子がない。

元々普通のVR機よりもリアリティが高いディメンションウェーブは種族的特徴を省けば現実とほとんど変わらない。無論美男美女しかいないという現実との違いもあるが、どうみても人に見えてしまう。

しょうがないとはいえ、二人は俺の、絆†エクシードとしての声と姿しか知らないからだろう。できれば気を付けて欲しいがまあ俺の方が気を使えばいいか。

さて、寝坊した分も取り戻さないとな。今日はどこ行く?

その事なのですが

少々気不味そうな表情で硝子は考えを話し始める。

常闇ノ森は条件が私達にとても噛み合っていました。ですが絆さんのアレ』をこれからも隠し続けると仮定した場合、私の知っている場所では必ず誰かに見られてしまいます

何か困った事があるのかと思ったら、よくよく考えればかなり妥当な話だ。

本音で言えば無理に隠す必要はないと考えている。

それでパーティー狩りができないのでは本末転倒だ。

案として夜に行動する事にして常闇ノ森で狩るか? というものが出たが、それも限界があるだろうし、一人二人ならエネルギー効率は良いが、三人となると他へ行った方が良い、というのが硝子の結論だ。

この際、バレても良いんだからな? 無理に隠す程でもない

絆さんのお言葉も理解できます。ですが他者より秀でる要素を安易に手放してしまうのも、私はもったいないと思うんです

確かに、でござる

まあそうなんだよな。

これが普通のオンラインゲームなら攻略サイトで膨大な情報を確かめればいい。だが、ディメンションウェーブでは、鍛冶師に作ってもらう武器の材料すら詳細に知っている人は稀なんじゃないだろうか。

その中で解体武器が最弱武器で使う人が少なく人気がない。その解体武器に偶然攻撃以外の使用用途があった。それだけの話だ。しかし硝子や闇影の言う通り、偶然見つけたこの金のなる木を不用意に公表してしまうのはもったいない気もする。

要するに、エネルギー効率が良くて、金銭効率も良く、人が誰もいない場所、か

良く考えると凄い条件でござる!

私達は少々我侭を言っているのかもしれませんね

満場一致の贅沢な条件だ。

結婚相手に年収一千万を要求するのと同レベルの我侭と言える。

もしもこんな狩り場あったら、必ず誰かいるよ。

そうなると少しランクを落とす、なんて事を考えるが結局誰かに見られる可能性は0にはできない。

というか、そもそもが無理な話なのかもしれない。

MMORPGのサービスが始まれば、当然人気狩り場と過疎狩り場が生まれる。過疎狩り場は人が少ないけれど、誰も近付かないという事は普通に経験値効率が悪い。

しかし誰もいない狩り場か

我ながら無茶を言ったもんだ。

最初からそんな場所がある訳が待て、あるじゃないか。

エネルギー効率は正直完全に把握した訳では無いので断言できないが、少なくとも常闇ノ森より強いモンスターが沢山生息している場所を俺は知っている。

だが、あそこは

絆殿? どうしたでござる

何か名案を浮かびましたか?

二人が期待の眼差しで眺めてくる。

昨日のリザードマンダークナイト戦の影響か、期待値が高いのが心苦しい。

一つだけ、現状おそらく誰も近付かなくて、モンスターが常闇ノ森より強い場所を知っているんだが、正直おすすめできるとは断言できない

それはどの様な場所なのでござる? 行ってみなければ決断はできぬと思うでござる

俺は別にそこで良いと思っているんだが、硝子と闇影が気に入るか。

いや、まあどうせ三人で決めるんだし、案だけでも出すか。

海だ

海、ですか?

ああ、以前木の船ってアイテムで第一の海で、沖まで行った事があるんだ。まだ総エネルギー量が少なかったというもあるが、結構強いモンスターがいた。その時は逃げ帰ってきたけど、三人ならもしかしたらって思ってな

なるほど、確かに判断に悩みますね

まずモンスターがどの程度生息しているのか、俺達三人で倒せるのか、安全をキープできるのか、簡単に上げられるだけでも知らない事が多過ぎる。

それでも一応条件はクリアしている。

船の上なので誰かに見られる確率は低い。モンスターも結構強く、誰も倒していないモンスターなので素材の流通量は確実に少ない。

仮に解体アイテムを大量に売却しても、そこのモンスターは沢山アイテムを落とす、という事にすればしばらくは狩れる。

他にも問題があった

問題とはなんでござるか?

船が小さい

俺が持っている木の船+3は精々三人が限界だ。

しかも乗るのが限界』だ。

モンスターと戦う事を仮定した場合、身動き一つ取れない。

その船という物はどこで手に入れたのですか?

ああ、第一の方の露店で自作した船を売っている奴がいて、4万で買った

その方と連絡は取れるでしょうか?

と言っても名前も知らない、露店商だからな

船が製造物なのでござれば、製作者の銘がアイテムに刻まれているのではござらぬか?

オンラインゲームでは製造職が作ったアイテムに名前が付く事は当たり前だ。

俺は木の船+3をアイテム欄から眺める。

あった。製作者の欄が確かにある。

しぇりる』ひらがなだ。

重複しそうでしなさそうな、微妙な名前だ。きっと重複したのだろう。

ちょっと連絡してみる

一度断りを入れてからカーソルメニューにあるチャットの欄を選択。

しぇりる、とひらがなで入力してチャットを送った。

都合が付けば良いが。

一応昼なので一週間前に昼間活動していた彼女が生活スタイルを変更していなければ繋がると思う。仮に繋がらなくても夜にもう一度かければいい。

無論、三回チャットを送って全部拒否されたら連絡を受けるつもりがないと諦めるか、あるいは直接会ってみるというのも手だろう。

アルト辺りに聞いてみれば、友好関係の広いアルトの事だ。知っているかもしれない

チャットにしぇりるさんが参加しました。

あ、突然すいません。絆†エクシードと言う者ですが、一週間程前貴女の店で船を購入したんです

あれ? 反応がない。

ちゃんと繋がっているか? いや、電話じゃないんだ。間違え電話みたいな事は早々ないだろう。何より別段複雑な名前でも無いのだから間違えようがない。

聞こえていますか?

聞こえてる

それはよかった。それで、ご相談なのですが、先日買った船は二人乗り位のサイズでしたが、もっと大きな船は売っていませんか?

ない

そ、そうですか

少し期待していたのだが、そう簡単に上手く行く訳ないか。

さて、そうなると次の案を考えないとな。

お時間取らせてすいません。では

だけど、材料さえあれば作れる

材料、ですか

船を買った人物に心当たりは一人しかいないから多分あなたの事、覚えてる。4万をぽろっと出せる人なら材料も揃えられるかもしれない

Загрузка...